立川 競輪 グランプリ。 歴代優勝者/記念・特別競輪

立川競輪 出場予定選手一覧

立川 競輪 グランプリ

KEIRINグランプリ 概要 開催時期 12月30日 開催地域 持ち回り 愛称 グランプリ 分野 競輪 カテゴリー GP 形態 一発勝負 主催者 持ち回り 歴史 初回開催年 1985年 開催回数 35回(2019年) 初代優勝者 最多優勝者 、(3回) 直近優勝者 (2019年) KEIRINグランプリ(ケイリングランプリ)は、毎年に開催されるのである(ただしは労使交渉の決裂から開催中止、はテレビ中継の関係でに開催)。 正賞は、賞、杯、主催者市長賞、主催者議会議長賞、全国競輪施行者協議会会長賞、JKA会長賞、自転車競技会全国協議会会長賞、日本競輪選手会理事長賞、全国競輪場施設協会会長賞、日本自転車競技会会長賞。 概要 [ ] このレースは通常のトーナメント方式ではなく、一定の条件により選ばれた9人のS級選手による1レースのみの一発勝負である。 現在は優勝賞金が1億円超であること、2001年に競輪のが導入されてからはGIよりも格の高いグレードとして『GP』が用意されるなど、競輪における最上位のレースと位置付けられており、その年の競輪界の「真の実力日本一決定戦」とも認識されることもある。 までは、各種を代表する年末のビッグレース(・・・・・KEIRINグランプリ)の中でも最後に行われてきたことから、その年の「 ギャンブル総決算」、あるいは「 公営競技界最後の大一番」の意味合いを持つレースとして位置付けられてきた。 2008年以降はの「スーパースター王座決定戦」が、また2014年以降は競艇の賞金女王決定戦競走がそれぞれに行われるようになったため、こうした「総決算」や「大一番」の座をそちらに譲ることになった。 ただ、競輪界においては、GPがその年の開催場のシリーズ最終日の最終レースに行なわれるため、「 グランプリファイナル」とも言われている。 に東京大賞典に売り上げを抜かされたが、2018年までは、を除く三競オートのレースとしては最大の売り上げを持つ競走であった。 現在は、毎年から12月30日までの3日間が「グランプリシリーズ」と題してがアンダーカードとして行われており、各日最終11レースが「グランプリ」レースとなっている(初日である12月28日が、2日目である12月29日が、最終日である12月30日がKEIRINグランプリ)。 レース [ ] 2825m(400mバンク7周)で行われる。 ほとんどのレースでは1625mないし2025m、GIの決勝でも2425m(競輪場により周長が異なるため微差あり)で行われるため、競輪における全レース中で最も周回が多いレースとなっている。 なお、400m以外のバンクを持つ競輪場での開催の可能性もあるが、過去の開催場は全て400mバンクであるため、一貫して2825mでの開催が続いている。 賞金 [ ] 1着賞金は、()が1000万円であったが、以後少しずつ増額され()から7000万円となり、()からは先駆けて1億円としたのに合わせて1億円 に増額された。 ()ではさらに170万円増額されて1億170万円となったが、()から()では10万円減額されて1億160万円となっていた。 ただ、()は本賞金が9840万円に増額された ため、副賞込みで史上最高額となる1億340万円となった。 なお、この優勝賞金の1億円(に直すと現在のレートで100万ドル程度)は競艇の賞金王決定戦と共に1レースの優勝額としては世界最高額としてに認定されている(いずれも副賞込みの金額)。 近年の各着順における賞金額は、以下の通り。 ( )内は副賞(1着に授与)を含んだ金額。 大会(年) 1着 2着 3着 4着 5着 6着 7着 8着 9着 9,660万円(1億160万円 ) 2054万円 1242万円 837万円 695万円 603万円 573万円 552万円 532万円 9,840万円(1億340万円 ) 2090万円 1265万円 853万円 708万円 614万円 584万円 562万円 542万円 開催場 [ ] 開催場は固定ではなく、各による持ち回りである。 競輪では、原則として「1競輪場で、1年間で開催できるは一つ(1節)のみ」という取り決めがあるが、グランプリはグレードレースの中でも別格の位置づけにあるため、同年度中にグランプリとは別で、GIやGII()、GIII()の開催も可能となっている。 ただ、グランプリ自体がビッグレースであり、現状でもグランプリ1レースだけで50億円ほど、3日間のグランプリシリーズ累計では110億円以上の売上があることから、グランプリを開催する競輪場では、他の競輪場に配慮して同年度内はGIIIは開催するがGIやGIIは開催しないことが暗黙の了解となっている。 特に、グランプリ開催当日は1万人以上(ピーク時には4万人以上集めたこともあった)もの大量の観客が訪れることから、競輪場のキャパシティと開催ノウハウの関係もあり、2002年まではでの開催を基本としつつ、立川競輪場でが開催される年のみ、にて開催されるパターンが続いた。 このような経緯から、グランプリの開催実績のある競輪場は(でいう)関東ないし南関東の競輪場のみの開催に限られていたが、には関東・南関東の3場以外では初となる() にて開催され、さらにでは上記4場以外では初となる() でも開催された。 は、同年に京王閣で日本選手権競輪(GI)が開催されることが決まったため、静岡にて3年ぶりに開催されることが決定している。 なお、岸和田競輪場での開催が決定する前にも、関東以外での開催が検討されたこともあり、は()で開催することが一度は決定したものの、警備面など諸問題がクリアできず 甲子園の方から開催返上の申し出があり、立川が代替開催を引き受けたことから結局は従来通り立川で開催された。 出場資格 [ ] するように、その年のグランプリ開催日においてS級に所属し、かつその年ので優勝した選手および獲得賞金額上位の9選手である。 ただ例外的に、当年におけるやでの自転車競技個人種目成績優秀者(メダリスト)にも出場資格が与えられることがある。 なお、選考期間である当年1月から10月までの10ヶ月間で、出走が40走に満たない場合は選考から除外される が、ナショナルチームとしての活動(競技)に重点を置いている場合は特例として除外されないことになっている。 また、「あっせん停止 」に処された者は選考から除外される慣例がある(過去には・などが除外された)。 からは、新たに以下に該当する者を選考から除外することになった。 選考期間内のGI・GIIで失格を3回以上した者• 選考期間内の全レースで11条失格(過度けん制など)・58条失格(誘導員早期追抜)を犯した者(但し内容を精査の上で決定) このほか、賞金獲得者上位者の次点1名が補欠選手として決められており、出場予定選手が不祥事や怪我・病気に伴う斡旋・出場停止または出場辞退すると、代わりに補欠選手が繰り上がり出場することになる。 なお、斡旋・出場停止または出場辞退した選手はS級S班から陥落する。 出場特典 [ ]• 優勝者は、翌年のKEIRINグランプリ直前までの1年間、出場するすべてのレースで1番枠に固定される特典が与えられる(より制定)。 出場者全員が翌年のKEIRINグランプリ直前まで在籍となり、また翌年の全においても優先出走資格が与えられる(より制定)。 「グランプリチャンピオンユニフォーム」(優勝者)「グランプリユニフォーム」(優勝者以外)を、翌年のまで着用することができる。 グランプリチャンピオンユニフォームのデザインは毎年変わる。 前夜祭 [ ] 毎年12月中旬ごろの平日(2018年・2019年は第3週の火曜日)夜、関係者や応募抽選で当選したファン(但し年によっては参加費が必要)を招待し、都内ホテルで開催。 KEIRINグランプリに出場する9名と、ガールズグランプリに出場する7名が出席する。 男子は提供(2018年)によるオーダーメイドスーツで出席するが、女子は各人が選定したドレスないし和服を披露するのが恒例となっている。 立食・バイキング形式のパーティーで、ゲストを招いてのレース展開予想やファンとの記念撮影などが行われる。 前夜祭当日は、前もってマスコミ関係者向けの共同記者会見が行われる。 会場は年次により変わるが、近年ではは、はであった。 までは、レース車番の公開抽選を行っていた時期もあった が、では、前夜祭会場で出場選手紹介時に選手自らが希望する車番を選択する方式を採用した(選考順位1位の選手から順に、希望の車番を選択)。 歴史 [ ] に事実上史上初めて競輪の売り上げが対前年比割れとなり、その後も4年連続して対前年比割れが続いたことを踏まえ、売り上げ減少防止のためのカンフル剤の意味でに当時5番目の特別競輪としてを創設、同年8月に開催を行った。 だが全日本選抜競輪の売り上げは芳しくなく、1985年度の上半期(4月 - 9月の売り上げ状況からみて5年連続の売り上げ減少は避けて通れない情勢となっていた。 そこで当時の監督省であるの車両課長だった西川禎一が、「のに匹敵するグランプリレースを競輪でも行えないものか? 」と発案したのが当レースであった。 しかしながら、最初から1レースのみの一発勝負で決するレースという形にしようとは考えていなかった。 当時は特別競輪ならば6日間、記念競輪ならば3日間のトーナメント戦形式だった事を踏まえ、東日本の競輪場と西日本の競輪場で各々1レースずつ予選を行い、そこから勝ち上がった選手を再度頂上決戦というべきレースに出場させるという案がまずは浮上した。 だが有馬記念は1レースのみで王者を決するものであり、またそうした方が盛り上がるのではないかという案が通産省内でも多勢を占めることになったため、同年10月頃、集客が多く見込める首都圏の競輪場で1回限りの開催という形で大筋の話はまとまった。 しかし急な決定につき開催地に手を上げる競輪場がなかなか現れなかったため、通産省は多くの観客を収容できるスタンドを持つに開催地のターゲットを絞って交渉を重ねた結果、立川競輪場を主催すると合意に達したことから同年の競輪祭終了後、同年の特別競輪優勝者5人、同世界自転車選手権優勝者1人、競走得点上位者3人の計9人により同年12月30日、立川競輪場にて予選なしの一発勝負の形式によるKEIRINグランプリを開催するというプレスリリースを行ったことで、ようやく当レースの全貌が明らかになった。 しかしながら急な決定ということも重なり、場外発売を引き受ける競輪場はほとんどなく、せいぜい10場程度しかなかった(とりわけ、中部以西の競輪場はほとんど引き受けるところがなかった)。 また、地上波テレビ中継についても開催直前まで難航し、なんとか当時特別競輪決勝戦の中継を担当していたに引き受けてもらうことで決着した。 そして主催者の立川市およびも盛り上がりを懸念し、公営競技としては当時初めてグランプリに出場する9選手がレース当日、立川競輪場の正門前に集まってファンをお出迎えするというサービスを行うことになった。 だがそうした懸念は杞憂となり、立川競輪場は39019人のファンで埋め尽くされ、加えて売り上げも当時としては当レースだけでも画期的とも言える10億円を超えた。 さらにグランプリの売り上げが功を奏し、1985年の競輪の売り上げは5年ぶりに前年対比増に転じ、以後1991年まで対前年比増を続けることになる。 当レースの創設は他の公営競技にも影響を与え、競艇ではからが、またオートレースはからという、それぞれの競技の年間チャンピオン決定戦を誕生している。 以降は、GP出場9選手はとしてレース本番に臨むこととなった。 出場選手選抜方法 [ ] KEIRINグランプリの出場選手(通称:グランプリレーサー)は、以下の優先順位に従って正選手9人・補欠1人が選抜される。 選考期間…当年1月〜競輪祭最終日、選考…競輪祭終了直後、最低出走回数…40出走(当年1月〜10月までの10か月間。 但し例外規定あり ) 1. GI競走優勝者 現在は以下の6大会があてはまる。 ( )内は決勝戦が行われる月。 (2月) (5月) (6月) (8月) (10月) (11月) 2. 選考委員会が特に認めた選手 これは、競輪祭開催以前に決定する。 なお、以前は『当年にが開催された場合は、その夏季オリンピックにおける競技 個人種目メダリスト』ないし『当年のトラックレース競技 個人種目優勝者など選考委員から特別に認められた選手』とされていた。 過去には以下が該当した。 (・ 世界選手権プロ・スプリント優勝) ( 世界選手権プロ・スプリント優勝) ( 世界選手権ケイリン優勝) ( 自転車競技1,000mタイムトライアル銅メダル) ( 自転車競技ケイリン銅メダル) 3. 残余は賞金獲得額上位者 を順次選抜する 同額の場合は、当年1月〜10月までの10か月間における平均競走得点上位者を優先 なお、補欠選手は正選手を除く賞金獲得額上位者からさらに順次選抜される。 ただし、グランプリ開催当日の時点でS級に在籍していることが条件で、同年中のGI競走に優勝してもグランプリ当日の時点でA級に降格されている場合と引退・怪我・病気に伴い出場を辞退した選手 、また選手選考期間内のGI・GIIを対象として、失格を3回以上した選手はグランプリ出場資格を失う。 競技規則第11条又は第58条により失格した選手はグランプリ出場資格を失う場合がある。 過去の開催場・優勝者・優勝賞金・入場者・売上額 [ ] これまで計23人が優勝している。 開催日は、(のみ)• 車番の色は、開催日時点でのユニフォームに準拠• 優勝者の年齢・所属は、開催日時点• 年齢の 太字は、過去最年少および最年長• 優勝賞金は、副賞込みの金額(単位:万円)• 入場者数は、開催日当日の本場のみ(単位:人)• 開催場における特色 [ ] 共通 [ ] 発走時刻は概ね16:30前後に設定されているが、特に関東地方ではこの時期の日没が発走時刻とほぼ重なるため、広義ので行われ、なおかつそれぞれに照明設備があるため、実質「」と同等である(但し立川競輪場と岸和田競輪場では現在ナイター開催は行っていない)。 そのため、平塚競輪場は2017年の開催が6年ぶりの開催であった。 また、開催された競輪場は全て400mバンクであり、競走は第1回から全て7周・2825mにて行われている。 2020年は従来のローテーション通り平塚にて3年ぶりに開催予定であるが、2021年は同年に京王閣競輪場にてが開催されるため、静岡競輪場にて3年ぶり2回目の開催が決定している。 立川競輪場 [ ] の第1回を開催したKEIRINグランプリ発祥の地であり、通算20回開催。 第1回の開催において4万弱の来場者を集めたほどの集客力があることから、最もグランプリの開催地というイメージが強い。 なお、過去には立川で他の特別競輪が開催される年のみ京王閣または平塚での開催が行われていたが、近年はその原則が崩れている。 立川で開催される年のグランプリのポスターには、毎回立川競輪場のシンボルマークとして使われているが描かれている。 京王閣競輪場 [ ] からKEIRINグランプリの開催場に加わり、通算5回開催。 集客力は立川に並ぶ程であり、比較的新しい観戦スタンドのチケット人気は高い。 2009年の開催からは、平塚と同じように表彰式の一般開放を行っている(但し、バンク内にファンが出向く平塚とは異なり、フェンスそばのスタンドに設営した特設表彰台に優勝選手が出向く形とした)。 平塚競輪場 [ ] からKEIRINグランプリを開催しており、通算7回開催。 都心から離れていることから集客力では劣るが、イベントなどの開催で盛り上げを図っており、2005年の開催からは以下のセレモニーが実施されている。 表彰式の一般開放 レース終了後、バンクとスタンドを隔てるフェンスを取り払ってバンクを一般開放して表彰式を行い、ファンは表彰台手前まで近づいて優勝者を祝福できるようにした。 優勝者によるも行われている。 レース終了後、選手との懇親会を実施(2005年 - 2011年) グランプリ当日、特別観覧席入場者の中から抽選で選ばれた数十人程度をレース終了後の懇親会(立食式のパーティ)に招待した。 当選者は表彰式終了後、選手宿舎内の食堂にて1時間程度、グランプリ出場選手との懇親会を楽しんだ(なお2005年の場合、実際に出席したのは加藤慎平、、後閑信一のみ)。 岸和田競輪場 [ ] にKEIRINグランプリを開催しており、通算1回開催。 2014年は西日本で初開催となったため、1年間に渡ってグランプリのキャンペーンを展開していた。 イメージアーティストにを、イメージソングに長渕の「走る」をそれぞれ起用。 長渕もグランプリシリーズ初日(12月28日)に来場し、開会式で「走る」をバンク内で披露した。 静岡競輪場 [ ] にKEIRINグランプリを開催しており、通算1回開催。 2018年は首都圏・近畿以外では史上初めての開催となった。 表彰式は、バンク内ではなく東スタンド真下の特設ステージにて行われた。 2021年に2回目を開催予定になっている。 実況中継 [ ] テレビ(地上波)• 2007年までと一部の地方局で放送されていた が、からはに移行している。 から には製作・キー局とした向けの全国中継、および日テレ製作協力(実質)して、と(立川・京王閣開催時)、(平塚開催時)をキーとしておよび系列向けのものの2種類の中継が放送されていた(一部地域除く)。 日テレ系の中継はレースの展望や事前情報よりも、出場選手の密着取材ドキュメンタリーに比重が置かれている。 2011~2013年は『自転車部 賞金1億円なんてどうかしてるぜ! 』、2014年以降はのタイトルで事前番組 も放送されている。 一方独立県域局のものはスタンダードなレース展望・情報が主である。 なお、テレビ東京が中継を担当していた時は、事前レースである『阿佐田哲也杯』まで、千葉テレビ(立川・京王閣開催時)、テレビ神奈川(平塚開催時)制作で放送していた。 とからは、2016年・2017年に(TOKYO MX)が「」を中継した以外は、KEIRINグランプリのみの地上波中継になっている。 テレビ(BS)• ・にて生中継されている。 NHKで中継される唯一の競輪のレース(さらに言えば以外ので唯一放送されているレースでもある)。 BS日テレでは、NHK BS1と重ならない時間帯で放送を行っている。 なお、BS日テレでの中継では、グランプリシリーズのその日のメインカード(1日目「」、2日目「」)も生中継している。 但し、2016年・2017年は放送自体が無く、2018年以降はオッズパーク杯ガールズグランプリのみ放送している。 テレビ(CS)• のほか、立川競輪場で開催の場合は2010年まで、2013年のみ、2016年のみたちかわ・西武園競輪チャンネルでも放送されていた。 ラジオ• が実況中継を担当し、主な系列局(2019年は4局ネット。 東海・近畿地区はやなどの独立局)にネットしている(過去には2009年までがキーステーションとなっていた時期もある)。 第28回(2012年)でが4番車で優勝するまでは、4番車、6番車、8番車(いわゆるヨーロッパ)が1回ずつ優勝していた。 因みにいずれも岐阜所属の選手 が優勝していた。 なお、8番車は2002年4月にユニフォームがピンク色に変わってからは優勝者は出ていない。 最高成績は2着が3回• 連続優勝はのみ。 第18回(2002年)と第19回(2003年)を連覇。 最年少優勝はで、第8回(1992年)での22歳。 一方、最年長優勝はで、第27回(2011年)での43歳と5か月。 第1回(1985年)の開始以来、関東勢の出場がゼロだった年は一度もない。 ただし、優勝者は(埼玉)・(茨城)の2名のみ(ともに1回)である。 2018年時点では、GP優勝者は全員、出場6回以内に初優勝を飾っている。 は、11回連続出場の最多記録を持つ(1991年の第7回から2001年の第17回まで)。 うち、第11回(1995年)から第14回(1998年)まで4大会連続で2着であった。 その他 [ ]• 開催時の特別観覧席は、はがき・開催競輪場・インターネットでの抽選などによる発売となる。 ただし第21回(2005年、平塚競輪場)と第22回(2006年、京王閣競輪場)のメインスタンド席は先着順にて販売された。 現在は1着賞金が1億円以上あるため、KEIRINグランプリを優勝することがそのまま当年のへと繋がっている(2000年の第16回以降の賞金王は全て、当年のKEIRINグランプリ優勝者)。 例年1月末ごろ、年間の「最優秀選手賞」がから発表されるが、グランプリ覇者以外が選ばれる年もある(GIを複数獲得した選手が優先される場合など)。 中止となったの出場予定選手のうち、・・の3名は、他年度のGPにも出場する機会が一度もなかった。 第14回(1998年)のメンバーは各選手自身によるデザインにより翌年の後半の約半年間 、1999年と2000年はによるデザインで翌年のダービーからの約8-9ヶ月間 、特注ユニフォームを着用した。 の直前に実施したネット投票の結果、「グランプリレーサーオリジナルユニフォーム」のデザインが決定。 が監修した。 翌年1月の競輪祭から約1年間、グランプリメンバーが着用するようになった。 脚注 [ ]• 但し競輪界の名誉としては、格式や歴史を考慮しても「春の日本一決定戦」とする説も根強い他、GPグレードはこのレースのみなので、GIもGPとほぼ同等の最高権威とみなす事も出来る。 のキャッチフレーズは「全てのギャンブラーに捧げるワンモアチャンス」であった。 実際は本賞金が9500万円で、副賞の500万円と合わせて1億円としていた。 副賞を含まない金額• 、2018年12月28日11面• - KEIRIN. JP 2013年4月17日• - KEIRIN. JP、2017年3月30日• 甲子園競輪場では、旧鳴尾競輪場時代のなどが尾を引き、近隣住民への配慮からでさえまで開催できない状態が続いた。 なお、甲子園競輪場はグランプリの開催は返上したが、のちに閉鎖されるまでにに特別競輪(第42回)を開催した。 - KEIRIN. 2018年では、新田祐大は選考期間中19走、脇本雄太は選考期間中28走であった。 - 西日本新聞、2017年2月15日• - スポーツニッポン、2017年4月17日• 現在は呼ばれていないが、以前はヤンググランプリに出場する選手も呼ばれていた事もある• - 日刊スポーツ、2016年12月22日• - KEIRIN. JP、2018年11月12日• - KEIRIN. JP、2018年12月19日• 参考文献:立川競輪場発行フリーペーパー「とらいふぇくた」• ナショナルチームとしての活動(競技)に重点を置いている場合。 2018年の新田祐大、脇本雄太。 - KEIRIN. この「選考用賞金獲得額」は、KEIRIN. JP等で発表されている賞金とは異なり、先頭誘導手当、予備選手への各種手当、特別出場手当(雨天時出走ほか)等を含まない金額になっている。 までは、前年GP覇者が無条件出場できる制度があった。 また、()のみGI決勝での着順によるポイント制(次の表)が採用されたが、既権利者がポイントを大量獲得したため制度が成り立たたくなったことから、結局その年限りで廃止された。 着順 ダービー オールスター 全日本選抜 その他のGI 1着 無条件でグランプリ出場 2着 10. 5 12 10 3着 8. 5 10 8 4着 6 5着 5 6着 4 7着 3 8着 2 9着 1 競走中止 0. 5 失格 0• 2・3着は大会によってポイントが変動するが4着以下は全大会共通のポイントとなる。 かつては当時最上位であったS級1班在籍が条件であり、開催当日でS級2班以下であれば出場資格を失っていた(1994年におけるの例がある)。 43歳と5か月• 43歳と1か月• エンディングはのが必ず流れた。 2013年・2015年の独立UHF局は、通常のCS中継を放送。 2014年に、が遅れネットした以外は関東ローカル。 KEIRIN. JP 2018年12月30日. 2019年12月31日閲覧。 これは、優勝杯をNHKから提供しているのと、優勝賞金や入場収入などの収益金を(社福)に寄贈し、障害者・高齢者福祉や国内外災害復旧支援に充てているため。 2006年まではでも中継されていた。 このため、NHKからも、スポーツ報道センター長、ないしは放送総局長が表彰式に列席し、NHK杯を贈呈している。 4番車=(第21回、2005年)。 6番車=(第19回、2003年)。 8番車=(第14回、1998年)。 第20回(2004年)の、第25回(2009年)と第33回(2017年)の。 - スポニチ、2016年11月28日• H24• 2019年12月22日現在、が唯一の現役選手。 工自身は同年時点で、他年度の当大会に出場した例は一度もない。 - Keirin JP、配信日:2002年12月13日 今後の開催予定 [ ]• 第36回(KEIRINグランプリ2020) - 12月30日 - 平塚競輪場(3年ぶり8度目)• 第37回(KEIRINグランプリ2021) - 12月30日 - 静岡競輪場(3年ぶり2度目) 外部リンク [ ]• KEIRIN. JP 競輪資料室• - Kドリームス KEIRINグランプリ2016特設サイト(過去のKEIRINグランプリの動画を配信)• 関連項目 [ ]• グランプリのアンダーカード(前座)として、から開始。 なおこれ以前も立川競輪場でGPがある場合、までが施行されていた。 (FII、グランプリ前々日のメインカード)• (GII、グランプリ前日のメインカード)• (GI、かつてのグランプリ前日のメインカード。 ただし競輪の番組編成見直しのため実質で打ち切り。 2011年はこれに代えて「ナショナルチームカップ」を開催)• (中央競馬の年末総決算レース)• (競艇の年末総決算レース)• (オートレースの年末総決算レース)• (地方競馬の年末総決算レース)• (当レース同様、国内メジャー大会優勝者や賞金ランキング上位者などしか出場できない、男子ゴルフのグランドチャンピオン戦)• (当レース同様、国内メジャー大会優勝者や賞金ランキング上位者等しか出場できない、女子ゴルフのグランドチャンピオン戦)•

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KEIRINグランプリ2019【立川競輪】

立川 競輪 グランプリ

KEIRINグランプリとは 競輪界最大のレースにして「実力日本一決定戦」「競輪界1年の総決算」ともいうべき年末の大一番がKEIRINグランプリである。 暮れも押し迫った毎年12月30日、選ばれし歴戦の強者9人が一堂に揃って展開される予選ナシの一発勝負。 今年もその開催があと1か月後に迫ってきました。 ところでこのレース、いつどこで開催されて、誰が出走できるのでしょうか?初心者の方々にもわかりやすいようにご案内します。 レース誕生のきっかけ 競馬や競艇といった他の公営競技に人気をさらわれ、車券の売り上げが大きく低迷していた1980年代。 競輪場に足を運ぶ人の姿も減少して、このままでは競輪が衰退すると危惧した、主務官庁である通商産業省(当時)の車両課長・西川禎人氏の「競馬の有馬記念に匹敵するレースが作れないものか」という発案の下に、KERINグランプリ競走が企画されました。 その内容は、その年に大レースを勝った選手や獲得賞金ランキング上位の選手を集め、競輪界の実力日本一選手を決めるという、有馬記念はおろか、プロ野球の日本シリーズにも似た内容でした。 しかし、注目を集める一戦だけに、レース中継を引き受けるテレビ局がなかなか見つからず、安全・警備上の問題で開催を引き受ける競輪場もなかなか現れませんでした。 開催場所と賞金 結局、首都圏の競輪場の中でも収容規模がトップクラス(約4万人)である東京・立川競輪場を最有力の候補地として定め、所有者の立川市と交渉した結果、立川市側が開催を快諾したことで、第1回KEIRINグランプリは1985(昭和60)年、立川競輪場で開催されました。 その後は数年に1回の割合で神奈川県の平塚競輪場で開催するほかは原則的に立川競輪場での開催となり、年末における立川競輪場の風物詩として親しまれるようになりました。 なお令和最初となる今年のグランプリは立川競輪場で、翌2020(令和2)年は平塚競輪場で、それぞれ3年ぶりに開催されます。 賞金は、当初1,000万円でしたが、その後徐々に増額されていき1997(平成9)年の第13回大会からは7,000万円、2004(平成16)年の第20回大会からは1億円に増額され、まさに競輪界最大のレースとしての規模を誇るに至りました。 出場資格と距離について 実際に出場するには、どんな成績を残せばいいのでしょうか? 出場資格として挙げられているのは ・本年の特別競輪優勝者(日本選手権競輪、高松宮記念杯、全日本選抜、オールスター競輪、寛仁親王杯、競輪祭) ・賞金獲得上位の者 ・世界選手権自転車競技大会金メダリスト ・(開催年の)オリンピック自転車競技メダリスト これらの中から9人を選抜する形式ですから、自ずと実力者が選抜される形となりますので、実力伯仲の手に汗握るレースが期待できるというわけです。 ただし、失格等で「あっせん停止」処分を受けた者や、大レースで失格を3回以上した者等については、出場資格を失うことがあります。 また距離は2825mで、400バンクなら7周分に該当します。 通常は400バンクを5周(2025m)しますので、2周多く走る計算になりますね。 第1回優勝者は中野浩一 栄えある第1回KEIRINグランプリは、先述の通り1985(昭和60)年に開催されましたが、年末の慌ただしい中で、2か月前の10月に、急に開催が決定したということもあって、集客状況が心配されました。 そこでファンサービスの一環として、グランプリに出場する9人の選手が入場口に集まり、来場者を迎えるという画期的な企画が用意され、観客も大喜びでした。 それが功を奏したのか、当初の集客の心配も杞憂に終わり、入場者は4万人を超え、グランプリだけで車券の売り上げが12億円を超えるという大盛況であったのです。 その記念すべき第1回目の優勝者は、ご存じ「ミスター競輪」こと中野浩一選手(福岡)でした。 佐々木昭彦=井上茂徳(ともに佐賀県)両選手の九州3番手につけた中野選手が、地元東京勢(清嶋彰一=尾崎雅彦=山口健治)のプレッシャーをものともせず、最終周回で滝澤正光選手(千葉)の捲りが井上選手のブロックで不発に終わったところで、向こう正面からスパートをかけた中野選手が、力で押し切ってそのままゴール。 まさに横綱相撲といった感じの走りぷりでした。 中野選手がグランプリを制したのは、後にも先にもこの1回しかありませんでしたが、世界選手権10連覇をはじめとした数々の大記録を達成したスター選手だからこそ、最初の「競輪界実力日本一決定戦」を制するに値したのかもしれませんね。 以後、KEIRINグランプリは、毎年世間から大きな注目を浴びる暮れの名物レースとして定着し、出場選手も1年の総決算にふさわしい実力者が揃う、競輪界を代表するレースとして定着するに至りました。 今年の出場予定選手 ことしの競輪グランプリへの出場権を勝ち取った選手は以下の通りです。 脇本 雄太 賞金ランキング第1位 松浦 悠士 賞金ランキング第2位 清水 裕友 賞金ランキング第3位 中川 誠一郎 賞金ランキング第4位 佐藤 慎太郎 賞金ランキング第5位 村上 博幸 賞金ランキング第6位 平原 康多 賞金ランキング第7位 郡司 浩平 賞金ランキング第8位 新田 祐大 賞金ランキング第9位 今年は誰が優勝賞金1億円を手にするのか、今から楽しみでなりません。 レースの直前まで新しい情報を更新していきます。 競輪ランキング.

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立川 競輪 グランプリ

「KEIRINグランプリ2019」は30日、立川競輪場で争われ、佐藤慎太郎(43=福島・78期)が優勝。 賞金1億340万円を獲得して初の賞金王に輝いた。 佐藤のグランプリ優勝は初。 また43歳1カ月でのGP優勝は11年平塚GPの山口幸二(当時43歳5カ月)に次いで2番目の年長者記録。 なお、2着は脇本雄太で2車単<4><3>1万9190円(64番人気)で大波乱の決着だった。 世界で戦う2人の直線勝負と誰もが思った。 しかし、新田が3コーナーから踏み込んだことで真ん中のコースがスッパリと空いた。 これを熟練の佐藤慎が見逃すわけはない。 ビクトリーロードを鮮やかに駆け抜けた。 「ゴール直後は勝ったか分からなかったです。 ファンが慎太郎って声をかけてくれて、ビジョンを見たらボクが勝っていた」。 しばらくしてのガッツポーズは以前、間違って手を上げたことがあり「しっかりと確認してからにしました」とユーモア交じりに話す。 しゃべりが面白く、誰からも愛されるキャラクターは最高の舞台でも健在だった。 グランプリ出場は13年ぶり。 前検日から笑顔を欠かさず、落ち着いた振る舞いが印象的だった。 それは積み重ねてきた経験とともに、新田の存在が大きかった。 「新田の後ろに付いていくだけでいい。 気持ち的に楽でした」と佐藤慎。 引き揚げてきた直後に新田を見つけて「ありがとう。 勝つ走りをしてくれてボクが真ん中を踏めた」と話すと、新田も満面の笑みで応える。 福島勢の熱い絆を改めて感じた瞬間だった。 43歳で初の賞金王になるまでは大ケガもして、成績が低迷することもあった。 それでも「自分はダメだと思ったことは一度もない」と、表彰式後にユニホームを脱いで見せた鍛えられた上半身が示すように、ハードなトレーニングで鋼の肉体をつくり上げた。 若手の台頭は目覚ましいが、進化が止まることはない。 グランプリ王者としての抱負を聞かれると「レースで1番車の位置取りは大変ですが、自分は生涯競輪選手なので来年、再来年もグランプリ出場を目指して一戦一戦を大事に走っていくだけです」。 冷静に熱く時にはユーモアたっぷりに、佐藤慎が新たな年を引っ張っていく。 96年8月いわき平デビューの78期生。 師匠は添田広福(49期=引退)。 通算成績は1823戦392勝。 通算取得賞金は12億6224万円。 主な優勝は全日本選抜競輪(03年)、KEIRINグランプリ2019。 1メートル65、80キロ。 血液型AB。

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