熊本 市 コロナ 感染 者。 新型コロナ感染者の居住市町村 熊本県「原則公表しない」 | 熊本日日新聞

新型コロナ感染者の居住市町村 熊本県「原則公表しない」 | 熊本日日新聞

熊本 市 コロナ 感染 者

熊本県は27日、新型コロナウイルス感染者が居住する市町村名について、今後も原則公表しないと発表した。 「市町村名は感染拡大防止に必要な情報に当たらない。 感染者と家族への人権侵害を防ぐ必要がある」との立場で、引き続き管轄保健所名の公表にとどめる。 同日の対策本部会議で報告した。 熊日の取材では、九州で大分、長崎など5県が市町村名まで公表しているが、県健康危機管理課は「全国には非公表の県もある。 公表にした場合、本人特定を恐れて受診をためらったり、行動歴報告に協力が得られなかったりする可能性がある」としている。 県は4月中旬に実施した市町村の意向調査(熊本市除く)の結果も公表した。 約8割の35市町村が市町村名を「公表可」と回答し、「住民の危機意識を高める」「住民の不安や混乱を解消する」などと理由を挙げた。 これに対し、同課は「住民の不安や混乱の解消は、濃厚接触者の把握状況や行動歴の公表、不特定多数の接触者がいる場合は施設名の公表により解決すべき課題だ」との見解を示した。 県は、濃厚接触者が特定できない場合などは市町村名を公表する方針。 意向調査で「公表不可」とした9市町村は「感染者が特定される可能性が高い」とした。 (中尾有希).

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熊本【新型コロナウィルス】感染確認〜これまでの事例一覧

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闘病生活を振り返り、「死ぬかもしれないと感じた」と話す「馬料理二代目天國」の店長=6月16日、熊本市西区 「27日朝、かかりつけの病院に行き、インフルエンザ検査をしたが陰性。 解熱剤を服用し、熱は下がった。 仕事柄、手洗いは一日何度もして、人一倍神経を使っていたので、どこで感染したのか見当がつかなかった」 3月28日のメモ。 「15時 味覚、嗅覚鈍る 18時 激しい悪寒」 「ポンカンを手でむいていて、匂いが全くしない。 家族に聞いたら『するよ』って言われて。 食べても甘いとも、酸っぱいとも感じない。 『コロナだ。 間違いない』と思った」 アビガン服用 集中治療室で「死ぬんだろうな」 男性店長が熱発した当時、国は風邪の症状や37・5度以上の熱が4日以上続く場合に、保健所の「帰国者・接触者相談センター」へ相談するよう呼び掛けていた。 「3月28日は本当にきつかったけど、25日の発熱から4日後を強く意識した。 『病院に迷惑を掛けてはいけない』と、29日まで受診するのを我慢した」 3月29日、日曜の当番医が診察し、保健所へ「コロナの疑いがある」と連絡した。 「病院の駐車場で約1時間待ち、車内で保健所の人から検体を取られた。 コロナと確信していたので、他人にうつさないよう早く入院したかった」 陽性の電話が自宅にあった後、29日午後8時ごろ、防護服姿の人たちがワゴン車で迎えに来た。 「病院には、誰とも接触しないよう裏から入った。 先生の説明を受け、アビガン(新型インフルエンザ治療薬)や人工呼吸器、エクモ(人工心肺装置)を使う承諾書にサインした。 『助かるなら、何でもしてほしい』という思いだった」 「アビガンは4回飲んだ。 最初は入院2日目の夜。 飲み込むのに苦労する量だけど、一気に9錠。 2回目は翌朝に同じく9錠。 3、4回目は次の日で朝晩に4錠ずつだった。 熱は下がったが、容体は悪くなっていったので、薬の効果はよく分からない」 4月4日、軽症から中等症へ。 肺のエックス線写真は真っ白な範囲が広がっていた。 「急にウーッと苦しくなるのではなく、じわじわと呼吸が浅くなって、自分で息を吸い込めない。 鼻から酸素を吸入してもらっていたが、4日に人工呼吸器を着けた。 意識はもうろうとし、『半分は夢、もう半分は現実』みたいな感じだった」 店長の肺を撮影したレントゲン写真。 右から入院した日の状態、人工呼吸器を付ける手前の状態、退院前日の状態 4月5日、重症に。 集中治療室へ移った。 人工呼吸器に点滴、心電図の装置など体は完全に固定され、約2週間を過ごした。 「集中治療室は何重にも扉があり、医療ドラマで見るような厳重さで、天井には監視カメラも付いていた。 入室から1週間後に意識が戻った時、相当きつかったので、『このまま死ぬんだろうな』と死を覚悟した」 看護師は24時間交代で対応した。 「床擦れを防ぐため体の位置を変えてくれたり、たんを10分に1回ぐらい吸引してくれたり。 厳重に防護服を着て、汗だくでやってくれた。 疲弊していただろうに、本当に感謝しかない」 2週間ぶりの水 「人生最高のおいしさ」 「馬料理天國本店」に掲示されている「消毒済」を知らせる貼り紙。 入店客にも手の消毒を呼び掛けている=6月18日、熊本市西区 容体は徐々に良くなり、元の病室へ。 リハビリも始まった。 「約2週間ぶりに飲んだ水が人生最高のおいしさだった。 病室の水道水だけど、涙が出た。 ずっと点滴だけだったので13キロも痩せた。 鏡を見ると、あばら骨が浮き出て、足は皮だけ。 がくぜんとした。 座ろうとしても体が揺れて怖い。 座るのに3日、歩行器につかまって立つのに7日、歩行器で歩くのに10日かかった」 退院に必要なPCR検査は、三度目の正直で5月9、12日に陰性となり、45日間の入院生活が終わった。 「退院が決まった時は人生で一番うれしい瞬間だった。 『病院の威信をかけて治す』という言葉を実行してもらった先生方のことは一生忘れない」 「感染広げてはいけない」 公表に踏み切る 「馬料理二代目天國」の店長は、自身の新型コロナウイルス感染確認後、店名を公表するに当たり、差別や偏見、経営への影響に不安を覚えた。 だが、そこで浮かんだのは、これまで店をもり立ててくれた全国の顧客の顔だった。 「ここから感染を広げてはいけない」。 家族と相談し、公表に踏み切った。 「できれば店名を公表してほしい」。 3月29日の感染判明後、市保健所から頼まれた。 店長には3人の子どもがいる。 東京にいる会社員の長女(25)と大学生の次女(21)、同居する中学生の長男(13)。 「公表すれば、子どもたちが、特に地元にいる長男が、周囲から傷つくようなことを何か言われるかもしれない」と不安がよぎった。 それを払拭[ふっしょく]してくれたのは当の子どもたちだった。 「お客さんのため、感染拡大を防ぐため、店名を言うべきだよ」。 長女と次女の言葉が背中を押してくれた。 長男も思いは同じだった。 身内には当初、「公表すれば、客が来なくなる可能性がある」という慎重な意見もあったが、「店名を伏せても、どこからか話が広がる。 正直に公表しよう」と心を決めた。 店の電話鳴りっぱなし 「よく言ってくれた」8割が激励 3月31日の公表後、入院中で店長が不在だった店の電話は一日中鳴りっぱなしだった。 「よく言ってくれた」「再開したら絶対行くよ」。 電話の8割は目頭が熱くなるような励ましの声。 残り2割は「周りにうつすな」「県外客を入れるからだ」といった差別的な内容だった。 そんな電話にも店として、感染予防に最善を尽くしていたことを伝えた上で謝罪した。 「馬料理二代目天國」の店内を消毒する専門業者=4月、熊本市中央区(店長提供) 感染症指定医療機関に入院中、看護師がふと、「自分がどこで働いているかは外で言わない」とこぼした。 献身的に世話をしてくれる人が見せた涙。 「人助けをしている医療従事者がなぜ、差別の対象になるのか」とショックを受けた。 店長、妻、母、従業員の計4人が感染し、3月末から営業を休止していた天國本店(西区二本木)は6月1日に、二代目天國(中央区下通)は12日に営業を再開した。 両店舗の消毒には100万円近い費用をつぎ込んだ。 常連客の予約も入り始め、再開後、苦情の電話は1本もない。 店名公表で思わぬ連絡も入った。 県内のある中学校の教諭から「新型コロナと差別の問題を人権教育で取り上げたい」。 死を覚悟するほど重症化し、差別の現実を突き付けられた店長のインタビューを、教諭が動画に収め、生徒に伝えた。 中学生から届いた感想文を読み返す「馬料理二代目天國」の店長=6月16日、熊本市西区 生徒たちから「苦しんでいる感染者や頑張る医療従事者をなぜ差別するのか。 自分は絶対にしない」「病気を恐れる気持ちが、人を傷つける行動を招くと分かった」と、実直な感想が寄せられた。 店長は「思いが伝わり、すごくうれしい。 偏見をなくさなければと親と話し合った生徒もいる」。 びっしりと書かれた生徒たちの感想文を読み返し、ほほ笑んだ。 大西一史市長からもメッセージをもらった。 「勇気ある行動に敬意を表します」。 感染した4人の症状も回復し、店に元の活気が戻ってきた。 店長はかみしめるように言う。 「いろいろ悩んだが、公表したことは、決して間違いではなかった」 母、妻も感染 「俺のせいだ」 「発症時、自分はだるさを感じ、妻は『すっごく頭が痛い』と訴えた。 母は無症状。 三者三様なんですよ」 「馬料理二代目天國」の店長は3月29日、新型コロナウイルスへの感染が判明。 異変を感じた3月25日以降、自分の部屋にこもって隔離生活を続けていたが、30日に母(80)、4月3日に妻(51)の感染が確認された。 「俺のせいだ」。 店長は自責の念に駆られた。 入院中に家族と携帯電話で交わしたメッセージを振り返る二代目天國の店長=熊本市西区 苦しむ店長を支えたのは家族だった。 東京に住む会社員の長女、大学生の次女たちが次々と無料通信アプリLINE(ライン)でメッセージや写真を送り、会いたくても会えない病室の父に寄り添った。 精神的なダメージは和らいでいった。 ただ、店長にはもう一つ心配の種があった。 夫婦で入院し、自宅に残した中学生の長男のことだ。 母も入院し、そばには自分の父(83)しかいない。 食事のことが気掛かりだった。 そこは、次女が東京から帰省し、世話役を買って出てくれた。 市保健所の担当者も親身に相談に乗ってくれた。 それでも家族の試練は続く。 店長の容体が悪化。 店長はLINEで、3人の子どもたちへ思いを伝えた。 「お父さんは、これで死ぬだろう。 家族は人工呼吸器を装着するかどうかの判断を迫られた。 医師は「高齢なので、着けても生存率は低く、1%ほどかもしれない。 助かっても一生、呼吸器を外せないと思う」と説明した。 家族は回復を祈り、呼吸器の装着を承諾した。 それから3週間。 「奇跡が起きました」。 主治医から店長に吉報がもたらされた。 5月1日、人工呼吸器が外れた母は中等症に改善した。 5月21日に退院した母は「私は普通の年寄りとは体力が違った。 「ああ生きている」 家族や友人、医療関係者に感謝 「家族や友人、医療関係者の支えがありがたかった」と話す二代目天國の店長(奥)と店長の母=熊本市西区 入院期間が53日に及び、自慢の体力は落ちたが、母は市内の病院にリハビリに通っている。 「リハビリの初日は家族総出で見送ってくれた。 家族や友人、医療関係者の支えに感謝しながら頑張る」。 母は週明けの22日から店に立つつもりだ。 店長も妻も退院し、かつての日常が戻ったかに見えるが、現実は違う。 母は「つい最近まで、不安で不安で眠れない日々が続いた」。 自分のような苦しい思いを誰にもしてほしくない。 「油断せず、感染しないよう細心の注意をしてほしい」と涙ながらに訴える。 店長も、肺の機能が低下し、すぐに息が切れ、5分歩くのがやっとだ。 寝ても2時間ほどで目が覚めてしまう。 「呼吸ができなかった時があるから、そのまま死んでしまうんじゃないかという気がして…。 それでも毎朝呼吸をして、ああ生きている、と安心するんです」 死を覚悟した入院生活、いわれのない差別、多くの人からの激励…。 さまざまな経験をした店長は、自らに言い聞かせるように言う。 「未知の感染症に家族で立ち向かい、絆はより深まった。 これからも、どんな困難にも負けることはないと思う」.

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熊本市コロナ再感染の20代女子学生は誰?名前は特定された?

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北海道・東北• 東海・甲信越• 近畿・北陸• 中国・四国• 九州・沖縄• 県境をまたいでも同じ生活圏の仲間。 新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言が解除された熊本・鹿児島県境の熊本県水俣市、鹿児島県出水市の両市長が15日、そんな共同メッセージを発表した。 背景には新型コロナに絡む緊張した空気や、一部の心ない言動があるという。 高岡利治・水俣市長と椎木伸一・出水市長によるメッセージは「(宣言解除後も)引き続き、県境をまたいだ不要不急の移動を自粛するよう求められておりますが、私たちの生活に必要不可欠な通勤や通学、毎日の生活に欠かせない買い物などまで自粛を求められているものではないと理解している」と強調。 「同じ生活圏の仲間として、より一層理解し、協力し合い、手を取りあいながら、難局を乗り越えていける」と両市民の結束を呼びかけた。 両市の間では日頃から、通勤・通学や買い物のため県境を越え行き来する住民が多い。 いずれの市でも同日現在、新型コロナ感染者は確認されていない。 だが水俣市などによると、緊急事態宣言解除前の今月上旬、「出水市内のスーパー駐車場で熊本ナンバーの車に卵が投げつけられた」との情報を把握した。 水俣市幹部は朝日新聞の取材に、「出水市内の(別の)スーパーで、水俣からの買い物客が別の客から『水俣のもんは水俣で買い物しろ』と言われた話も聞いている。 熊本県より鹿児島県の感染者数が少なく、温度差があるのでは」と明かした。 「県境で分断されることなく、一緒に手を取って乗り越えていきたい」と、この幹部はメッセージの意義を語る。 両市は同日、メッセージをホームページに掲載した。 (奥正光).

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