いと こと は とこ。 平井堅 君の好きなとこ 歌詞

よいとこ井波

いと こと は とこ

こんにちは、皆さん! 今日、私が気になることは「ことから」と「ところから」の違いに関係があるのです。 日本語表現文型辞典によると、「~ことから」や「~ところから」は判断の根拠や理由を表していて、文末では「~と考える/~とわかる」や「~らしい/~ようだ」がよく現すのです。 由来を説明する文で(~と言われる/~と呼ばれる)、「~ところから」は使えません。 その上、実例を挙げる用法で、多くは「~ことからも~がわかる/うかがえる/うかがい知ることができる」という形で使われます。 この場合も「~ところから」は使えません。 どんな時、どう使うという教科書では、「ことから」はものの名前の由来や判断の根拠を言う時に用いる。 「ところから」は他にも理由があるという気持ちが加えるのです。 しかしながらJLPT N2 Grammar Multilingual Starters Manualからの一つの例文は上記に書かれたことに反する。 次をご覧ください => 「あの山は、富士山に山の形が似ているところから、東北富士と呼ばれている」。 したがって、この文書は「由来を説明する文で「~ところから」は使えません」というルールと違うんじゃないですか。 「あの山は、富士山に山の形が似ていることから、東北富士と呼ばれている」が正しいと思います。 私が思うのは「ところから」は、どちらかと言えば、話し手の個人的な視覚判断を表す。 つまり、客観的な表現ではないということになります。 というのは、「~と考える/~とわかる」や特に「~らしい/~ようだ」という数量表現と結び付くからです。 こういう考え方は正しいですか。 最後にもう一つです。 以下の文章の中では、どれの「ことから」を「ところから」と置き換えてもよろしいんですか。 そしてそれはなぜですか? 1 彼は面倒見がいいことから、部下からの厚い信頼を受けている。 2 彼は責任感が強く、誰にでも親切なことから、クラス委員に選ばれた。 3 この地方は、地震がよく起きることから、地震対策用品がよく売れている。 4 彼女はアラビア語はできるということから、オリンピックの通訳に推薦された。 5 灰皿に煙の立っている吸殻が残っていたことから、犯人はまだ遠くへは行ってはいないと判断された。 6 煙が出ていることから、事故が発生したのに気づいた。 7 この地域は、高齢者が多いことから、バスが必要とされている。 8 店の前にいつも人が並んでいることから、人気のある店だということがわかる。 9 この地方には良質な水が豊富なことから、人々が酒造りをはじめるようになりました。 10 道がぬれていることから、昨夜、雨が降ったことが分かった。 11 (僕達は) 二人が一緒に仕事がしたことから,交際が始まった。 12 何でも自分一人でやろうとすることから、無理が生じる。 13 電気が消えていることから、外出だろうと思った。 14 平気な顔をしている(?とこるから/?ことから)もう知っているに違いない。 真っ最後にもう一つです。 「ところから」は他にも理由があるという気持ちが加えるということは先に述べた。 例文です=>「足跡が大きいところから(・ことから)、どうやら犯人は男らしい」。 質問です=>例えばどんな他の理由があるんでしょうか。 確かに皆様がすぐに気付かれた通り、私は日本人ではありません。 ですからあんまり複雑な日本語で回答をしないでくださいね^^。 詳しく教えていただければ誠にありがたく思います。 日本語を勉強することは私の趣味といえども、それをマスターするのにまだまだ先は長いや・・・。 だからこの長い先を短くするように皆様のご援助が必ず必要です。 よろしくお願いいたします。 追伸、日本語の間違いをほんまにごめんなさい。 頑張ります!!! No1です。 サイトを見失っておりましたので継続の書き込みが出来なくて済みませんでした。 >どうして「彼の絵は独創性にあふれ、色彩感覚も豊かなxところから、現代のピカソと呼ばれている」や「彼は物知りであるxところから、生き字引と言われている」は正しくなくて、「あの山は、富士山に山の形が似ているOところから、東北富士と呼ばれている」は正しいかは、まだ私にとって不思議なんです との補足内容を拝見しました。 どなたかから 「正しい」、 「正しくない」 の評価をどなたかから受けたのですね? 私にとってはどちらも正しいと思いますが何故その様なコメントをどなたから受けられたのか逆に不思議です。 (どちらもOKと思います。 ) 日本語はかなり自由度の高い言語ですので 「これはダメ、あれもダメ」 と言った例はあまり多くは無いと思います。 気を付けなければいけないのは使用する場面によってはニュアンスが違ってくることが有るのでそれをネイティブの日本人に確認したらいいと思います。 質問の仕方としては文章だけではなく、この様な場面で この様な回答は正しいですか? の様に場面と例文が並んでいると回答しやすいです。 「~らしい/~ようだ」も全体の文章の雰囲気にあった方を使えばいいのであって、どちらでもOKです。 例文の (1)~(14)も僅かに(推測の)ニュアンスの違いを感じるだけで使用は OKと思います。 「ことから」 比較的時間の近い時点からの引き合い。 「ところから」 比較的時間の範囲が長期な雰囲気。 でも基本的には大差は無いと思います。 というのが自分の回答になります。 アドバイスとして: 一人の意見ではなく大勢の意見を参考にされた方がその内容がおぼろげでも見えてくると思いますので質問と例文もなるべく短くすれば回答者が増えると思います。 文章の雰囲気からアジア系以外の方と推測しますが僅かに不自然な感じを受ける以外はほぼ完ぺきな日本語と思います。 そのことから私は恐れをなして躊躇しましたが敢えて回答に挑戦したいと思います。 最初の 『由来を説明する文で 「~ところから」は使えません」 というルールと違うんじゃないですか。 』 との疑問ですが、JLPT N2 Grammar Multilingual Starters Manuaを読んだことがないことからそれを基にした回答はできませんがお許しください。 (どなたかが補足してくれそうな気がします。 ) ご存知のように言葉には 「例外」 「イデェオム」 の様なものは沢山あります。 例文の中にはそれに相当するものもあるかもしれません。 「あの山は、富士山に山の形が似ているところから、東北富士と呼ばれている」 の方が自然に聞こえます。 (聞こえるというのは例えば観光の案内をしてくれる人が説明したと仮定して。。。 ) ことから: 対象の事実を 断定している。 比較的最近起きたことで 他の人との主観が異なる場合もあるかもしれない。 ところから: 対象の事実を 断定しているが 「時間の経過」 においてその様な判断をされることが多いのでは。 (多くの人の暗黙の合意があり、否定する人がいないか少ない) 意味的にはかなりオーバーラップしていて日本人であれば逆にあまり気にせずに使っているかもしれません。 例文の ことからや ところから は通常はこのように使わないものもあるので(別な言葉で置き換える) 途中ですみませんが 家を出る時間になりましたので中断いたします。 後で可能であれば再度やってみたいと思います。 本当に申し訳ないです。 この回答への補足 ご回答ありがとうございました。 教えて下さったことから「ところから」も「ことから」も主観的および客観的な状態を表すということが分かった(私は、結局のところ、違ったようです)。 その上、比較的最近起きたことは「~ことから」が、ずっと前起きたことは「ところから」を使った方が良いことも分かった。 「~ことから」は「~という事実から」、「~ところから」は「~という状況・場面から(主として視覚判断)」という違いです。 しかし、どうして「彼の絵は独創性にあふれ、色彩感覚も豊かなxところから、現代のピカソと呼ばれている」や「彼は物知りであるxところから、生き字引と言われている」は正しくなくて、「あの山は、富士山に山の形が似ているOところから、東北富士と呼ばれている」は正しいかは、まだ私にとって不思議なんです。 『「百科事典・東洋のベニス…」と呼ばれるようになった由来を説明する文で、「~ところから」は使えません。 これは「~ことから~と言われる/と呼ばれる」と文型として覚えた方がいいでしょう。 』んー・・・。 残りの質問へのご返事をお待ちしております。 「であるから」「であるので」「であるため」も意味は似ていますが、「であることから」の方がよりそうなった理由に注目して強調している感じでしょうか。 これは「こと」(原因となった「事柄」という意味)という言葉がわざわざ使われていることからも伺えると思います。 「であるから」「であるので」「であるため」の違いに関しては、日本人でも明確な説明はかなり難しいです。 でもこれだけは言えるのは、「から」「ので」の意味・用法は殆ど同じだと思っていいです。 ただ、「ので」の方が柔らかい印象があります。 例えば「かさを失くしたので、貸してくれませんか」と言うと普通でも、「かさを失くしたから、貸してくれませんか」と言うと、かなり愛想良く言わないと少し乱暴な印象があるのです。 これは「だから」という言葉自体が、強引に結論に持っていく(時として反抗的な)趣があることが一因になっている気がします。 「ため」も意味は同じですが、少し硬く文語的な表現です。 特に日常会話で使われる頻度は「ので」「から」に比べぐっと少ないです。 逆に言うと、「ので」「から」は少し口語的。 公式文書や学術論文のような硬い文には使いにくく、「ため」を積極的に使います。 「であることから、」 ・・・は、「であることが理由で」「であることが原因で」という意味。 「であるから」「であるので」「であるため」も意味は似ていますが、「であることから」の方がよりそうなった理由に注目して強調している感じでしょうか。 これは「こと」(原因となった「事柄」という意味)という言葉がわざわざ使われていることからも伺えると思います。 「であるから」「であるので」「であるため」の違いに関しては、日本人でも明確な説明はかなり難しいです。 でもこれだけは言えるのは、「から... A ベストアンサー 「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。 「~やら~やら」には意味が二つあります。 1 名詞の並列 例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。 2 どちらか決めがたいことをあらわす。 例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。 それに対して「~とか~とか」には、 1の名詞の並列の意味しかありません。 それでは 「スーパーでパンやら牛乳やら買った。 」 と 「スーパーでパンとか牛乳とか買った。 」 は完全に同じ意味でしょうか? ここから先は、個人の語感によって、或いは世代によっても意見が分かれそうな部分ですが、 私は「パンやら牛乳やら」からは、並列の意味に加えて、「いっぱい」や「必要もないのに」という印象を受けます。 「パンとか牛乳とか」の方は並列の意味に加えて、ちょっとあいまいに表現しようという気持ちが感じられます。 これは例文を変えてみるともうちょっとはっきりするかもしれません。 1「バーゲンでコートやらスカーフやらいっぱい買ってしまった。 」 2「バーゲンでコートとかスカーフとかいっぱい買ってしまった。 」 1の方がいっぱい買ってしまった感が強いような気がします。 2の方は普通の並列ですが、この言葉を言う人によっては、本当はコートとスカーフ以外に重要なものを買ったんだけどそれをわざとぼかして言っているような感じも受けるかもしれません。 1「彼女の気を引くために、バッグやらアクセサリーやらプレゼントした。 」 2「彼女の気を引くために、バッグとかアクセサリーとかプレゼントした。 」 これも、1の方があれこれたくさんプレゼントした感じがよく出てると思いますがいかがでしょう。 2は素直な人が話しているなら単なる並列。 ものをはっきり言わない人が話しているなら、ひょっとしたら車もプレゼントしているかもしれません。 とまあ、こんなところです。 前にも書きましたが、ここまで来ると、個人の語感や世代によって感じ方はさまざまだろうと思います。 色々な回答がつくといいですね。 「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。 「~やら~やら」には意味が二つあります。 1 名詞の並列 例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。 2 どちらか決めがたいことをあらわす。 例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。 それに対して「~とか~とか」には、 1の名詞の並列の意味しかありません。 それでは 「スーパーでパンやら牛乳やら買った。 」 と 「スーパーでパンとか牛乳とか買った。 」 は完全に同じ意味でしょうか?... Q 私は中国人で、日本語を勉強中です。 「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。 皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。 中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。 疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。 また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。 「を通じて」の「一年を通じて」、「一生を通じて」、「生涯を通じて」のような使い方はさておき。 「を通じて」 1.秘書を通じて社長との面会を乞う。 2.学生会を通じて、学校側に意見を出した。 3.テレビを通じて広告をする。 4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。 「を通して」 1.書物を通して世界を知る。 2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。 3.仲人を通して娘の縁談を進める。 4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。 また、質問文に不自然な箇所がありましたら、併せてご指摘いただけますと幸いです。 どうか、よろしくお願い致します。 私は中国人で、日本語を勉強中です。 「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。 皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。 中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。 疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。 また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。 「を通じて」の「一年を... A ベストアンサー 他の方(No. 4の方)にもお答えいただいて、よかったです。 私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。 2でも少し書きましたし、No. という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に) 意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。 (でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど不自然な文ではないです。 ) なぜそう思うのかはよくわからないのですが、以下の理由があると思います。 ・「臨床実践」という言葉を聞き慣れない。 医学の世界ではどうか知らないが、普通の日本人が使うような言葉ではない( 4のご回答でも指摘がある。 ) ・「臨床実践」「治療経験」・・・四字の漢語が二つもあって、重苦しい印象を受ける。 更に「積み重ねる」があることによってごてごてした印象を受ける。 私なら、もっと軽い感じに、 「実践的な臨床経験を積み重ねる。 」 「臨床経験を積み重ねる。 」 「臨床の経験を重ねる。 」 「臨床の実践経験を積む。 」 などなどでもよさそうに思います。 4の方もおっしゃっている通り、質問の例文に関しては、 2と 4は、似ているようです。 改めて、いくつか意見を述べておきます。 一つ目は、 「民主的論議」「文化交流」などの長めの漢語があると「をつうじて」で、 「仲人」というような和語だと「をとおして」の傾向があるのではないか、 ということです。 (短めの漢語は、中間。 ) 二つ目は、 「を通じて」というのが、何か形式的な印象を与える、ということです。 「仲人をつうじて」とはあまり言わないような気がしますが、 もし「仲人をつうじて」と言えば、何か仲人を(人ではなくて)道具のように扱っている感じがします。 三つ目は、 「を通じて」は、二つのものの間に「何かが挟まっている」が、その間に挟まっているものそのもの(秘書、書物、・・・)を重要視せず、二つのものの関係を重要視している。 「をとおして」は、「間に挟まっているもの」を重要視している、ということです。 四つ目は、 「を通じて」という表現は、公式であり外向きであるが、 「をとおして」という表現が、ややくだけた表現だということです。 これらは、「まあそんな気がするかな」程度の意見なので、きちんと詳しく検討する必要があるだろうと思います。 改めて考えても、 2 3も、 4のご回答も、みんな正しいような気がするのです。 4では >「通して」という場合,文字通り「それを通り道にして」という意味があるように思います.(q304さんの 3のご意見と矛盾してしまうのですが...あくまで私の個人的印象です.) とのご指摘がありますが、必ずしも矛盾とまでは言えず、別のご指摘かもしれません。 3では >「秘書を通じて」というのは、秘書を、単にそういう地位とか役割のようにとらえていて、 >(秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている。 ) >具体的な人を思い浮かべていないんじゃないかな、 >ということです。 の 「秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている」 というのは、"単なる" に意味の重点があって、 「秘書に重きをおかない」という意味です。 ところで、質問では、 「皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。 中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。 」 とありますが、 この著者自身、本当に使い分けすべきと考えているのでしょうか。 他の方(No. 4の方)にもお答えいただいて、よかったです。 私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。 2でも少し書きましたし、No. という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に) 意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。 (でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど... Q 外国人です。 「~んじゃない」という言い方に質問があります。 基本的に、「~んじゃない」は「~のではない」の略だと思っています。 けれど、「こんな所へ来るんじゃなかった」や「そんなことするんじゃねぇ!」などの場合にはそうではないと分かるつもりです。 考えてみたら、この「~んじゃない」の「ん」は「の」の略ではなく、「べき」の略かもしれません。 そうなると、「こんな所へ来るんじゃなかった」は「こんな所へ来るべきではなかった」の略となります。 これは一先ず問題ありません。 しかし、「そんなことするんじゃねぇ!」は「そんなことするべきではない!」を意味するか否か私にはよく分かりません(その意味はてっきり「そんなことするな!」だと思います)。 この「~んじゃない」は「~べきではない」の略でしょうか。 もしそうでなければ、これはどういう意味でしょうか。 どうか教えてください。 A ベストアンサー おっしゃる通り、「~んじゃない」は「~のではない」の意味です。 「略」というより、くだけた表現です。 「来るんじゃなかった」も、基本的に「来るのではなかった」です。 結局、「~である、だ」は断定の意味で、そこから「すべき」の意味が出るのだと思います。 確かに「来るのではなかった」ではそういう響きは薄く、 「来るんじゃなかった」の方がそう感じます。 だからと言って「すべき」の略、ということにはならないと思います。 「そんなことするんじゃねぇ」はもっとくだけていて、 「そんなことするんじゃない!」でも同じです。 これは確かに「そんなことをするな!」の意味です。 そもそも「略」ではなく、どういう意味なのかと解釈するのであり、 断定の「である」に「すべき」的な意味があることから来ており、 「すべきでない」も「するな」も解釈の違いにすぎません。 別の言い方をすれば「そんなことをするな!」となり、 「そんなことをすべきでない」だと弱く感じます。 しかし、これも断定の「である、だ」から来ているとしかいいようがないと思います。 A ベストアンサー 格助詞「に」と「と」の違いですね。 この質問は過去に2,3回ありましたのでその1つを1部付け加えて回答しておきます。 「に」「と」はともに帰着または結果を表しますが、ニュアンス的には少し違いがあります。 「雨が降れば川になる」というのは平板で当然の帰結としての言い方の場合は「に」 「蛇行を繰り返し小川や多くの支流を集めて大河となる」のように紆余曲折を経る場合は「と」です。 「すったもんだの末、結局彼が村長となった。 また、「へと」と 「へ」との違いについての質問にも私が回答したのがありますので参考にしてください。 html A ベストアンサー こんにちは。 以前書いたもののコピーですが。 4 V-てから 「~あとで」と同じく、時間的前後関係を表しますが、より「順序」という 意味合いがあります。 ふたつの事柄のうち、どちらが前か後かを述べる場合は、 「~あとで」でも「~てから」でもいいのですが、順序が決まっている事柄の 場合は、「~てから」の方がぴったりします。 買物をしてから、映画を見ました。 これが終ってから、あちらの仕事に取りかかろう。 歯を磨いてから朝御飯を食べますか、朝御飯を食べてから歯を磨き ますか。 見てから読むか、読んでから見るか。 ピカッと光ってから、どーんと音が聞こえる。 以上の例では「~あとで」でも言えますが、以下の例ではどうでしょうか。 切符を買ってから中に入る。 ちょっと口をすすいでから歯を磨く。 準備運動をよくしてから、泳いでください。 これらは、「~あとで」で言えないことはありませんが、少し不自然です。 これらの「AてからB」のAは、Bをするために必要なことで、「あと」にす るのでは無意味な場合です。 また、時間の経過を表す場合も、「~あとで」は不自然です。 夜が明けてから人家を探そう。 (?あとで) 秋が来てから、急に人通りが多くなった。 占領が終わってからでも、もう50年近くの時間が過ぎた。 最初の文明が生まれてから1万年。 「だ」が付いて文末に来る場合もあります。 「~のN」の形にもなります。 乾杯は会長が来てからだ。 起こすのは医者が来てからでいい。 そのあとのことは、まずやってみてからの話だ。 「V-てからでないと、~ない」という表現がよく使われます。 まずモノを見てからでないと、何とも言えませんね。 入会金を払ってからでないと、アクセスできません。 それから、「Aのあと今まで に 」「A以来ずっと」の場合も「~てから」 が使われます。 勉強を始めてから、多くのことを学びました。 生れてから、ずっとこの町に住んでいます。 パソコンもウインドウズになってから、多少使いやすくなった。 「AてからBまで」の形にもなります。 小学校に入ってから大学を出るまで、ずっと机の前に座っていた。 小学校に入ってから大学を出るまでの16年間 「は/も/より」などの副助詞をつけることもできます。 来てからは/も 来てからさえ も 来てからより も ここに移ってからは、時間がゆったりと流れるようです。 こんにちは。 以前書いたもののコピーですが。 4 V-てから 「~あとで」と同じく、時間的前後関係を表しますが、より「順序」という 意味合いがあります。 ふたつの事柄のうち、どちらが前か後かを述べる場合は、 「~あとで」でも「~てから」でもいいのですが、順序が決まっている事柄の 場合は、「~てから」の方がぴったりします。 買物をしてから、映画を見ました。 これが終ってから、あちらの仕事に取りかかろう。 歯を磨いてから朝御飯を食べますか、朝... A ベストアンサー 使い分は、慣用によるところが大きく、明確なルールがあるとは言えません。 大まかには次の使い方でいいと思います。 「代だい」 何かと交換に支払う(または、受けとる)お金を表わす。 商品(経済的に価値のあるもの)に対して支払う金額であることが多い。 電話代、バス代、ガソリン代、部屋代、電気代、ガス代、お茶代、バイト代 「料りょう」 何かの利益(サービスなど)を受けた(または、与えた)ことに対して支払う(または、受けとる)お金を表わす。 あらかじめ決まった一定の値段である場合が多い。 使用料、レンタル料、入場料、紹介料、授業料、送料、サービス料、延滞料 「費ひ」 (自分または相手が)何かをするために必要なお金を表わす。 支払わなければならない(または、用意しておかなければならない)お金という意味合いがある。 医療費、教育費、交通費、学費、会費、生活費、食費、交際費 「賃ちん」 労働や借りものに対して支払うお金を表わす。 家賃、電車賃、手間賃、運賃、船賃 借賃 会社での使い分けはこれまでの慣用に従うしかありません。 電話代でも電話料でもどちらがあっているということはありません 今まで電話代であればこれからも電話代でいいと思います。 使い分は、慣用によるところが大きく、明確なルールがあるとは言えません。 大まかには次の使い方でいいと思います。 「代だい」 何かと交換に支払う(または、受けとる)お金を表わす。 商品(経済的に価値のあるもの)に対して支払う金額であることが多い。 電話代、バス代、ガソリン代、部屋代、電気代、ガス代、お茶代、バイト代 「料りょう」 何かの利益(サービスなど)を受けた(または、与えた)ことに対して支払う(または、受けとる)お金を表わす。 あらかじめ決まった一定の値段で... A ベストアンサー 広辞苑によると以下のことのようです。 「で」は「にて」が短縮されてできたものです。 そして「にて」は「にありて」「において」「によりて」「になして」等の中央の動詞(ある・おく・よる・なす)の部分を省いて表現したものです。 「にて」の表現は既に万葉集にも見られ、それが「で」と表現されるようになってきたのは鎌倉時代以降で、室町時代には「で」が「にて」にとって代わったということです。 このことから判断すると、「で」を用いた表現は文法的に間違いと言えるものではありません。 多分、先生の「実におかしい」というご意見は、文法や用法の上での間違いという意味ではなく、先生個人の日本語の表現方法に関する美意識に基づくものでしょう。

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いと こと は とこ

「そういうとこやぞ(だぞ)」の意味・使い方 そういうとこやぞは、 無自覚な失敗をしている人に対するツッコミの一種。 例えば、「最近体重が減らなくてさ…」と言いながらアイスを食べている人に対して、「そういうとこやぞ!」と言うわけです。 本当そういうとこやぞ、ほんまそういうとこやぞ、お前そういうとこやぞ、などの変化系があります。 「日本は技術者を冷遇するからダメ」「技術に投資しない国の未来は暗い」とか言いながら民間ロケットの失敗を鼻で笑ってバカにする。 最近(2017年頃から)は、 ポジティブな意味で使われることもあります。 キャラクターの魅力ある行動に対して、「そういうとこやぞ!」と指摘するわけですね。 そういうとこやぞ(すき)。 どっちかって言うと剣鯖の中でお父さんが特殊という方が近いというか剣鯖割と「みんなで頑張ろうね」みたいなスキル構成が多いのにお父さんだけ「王!!ご覧ください!!!アロンダイトが敵を斬り伏せています!!王!!!!我がクリティカル!!すごい量の星が!!」みたいな。 そういうとこやぞ。 います。 主要な元ネタの一つが、「 そういうとこやぞ、キクチ」説です。 TV番組「」の人気エピソードのひとつに、キム兄(木村祐一)による「車屋のキクチ」という話があります。 キム兄が 車を買ったときに、担当となった車屋のキクチという人物に対してツッコミを入れながら振り返っていく話。 キクチは何度も間違いをしてしまうのですが、なんとか許してあげるキム兄。 最後の最後、納車のとき、キクチはお詫びと感謝の気持ちを込めてワインを持ってきます。 これから車で運転するというのにお酒……(笑)。 そこでキム兄が言ったのが、「酒持ってきてどうすんねん!!今から乗んねん! そういうとこやぞキクチ」ですね。 何回指摘してもボケてくることに対して、「そういうとこやぞ」とツッコミを入れています。 このエピソードは元ネタのひとつではありますが、ネット上ではこれを踏まえない使い方もあります。 キャラクターが尊い行動をしたことに対するツッコミとしての「そういうとこやぞ」は、オタク・イラスト・アイドル界隈全般で2017年頃から流行りつつあります。 そういうとこやぞ、委員長 — ごんし aiznngo 同じグループのメンバーでありながら名前を間違えてしまった案件から、力也(剣持刀也)さんのファンの間でも、「そういうとこやぞ」のノリが定着しました。 しかし、。 2018年6月には、はてな匿名ダイアリーにという記事が作られました。 具体的な問題点を指摘せずに人物を批判できるから、苦手な言葉だ、という話ですね。 まとめると• 「そういうとこやぞ、キクチ」から一般に広がった• Twitterでは人物・社会問題に対するゆるい批判として使われる• キャラクター・アイドルに対しても良い意味で使われる といった感じでしょうか。 2017年には「」という暴言がネタとして流行りました。 何らかの素材と組み合わせられるツッコミは、Twitterととても相性が良いですね。 誰にでもわかるツッコミらしいツッコミとして、「そういうとこやぞ」は使われていきそうです。 木村すらいむ()でした。 ではでは。 こちらもおすすめ.

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いと こと は とこ

こんにちは、TABIPPOのるいすです。 世界一周してきたのに、日本は全然行けてない!ということで、オンラインですが九州の素敵な場所を旅してきました。 キャンピングカーでまったり回ってみたいな、九州。 *編集部追記 2015年1月の記事に7ヶ所を追記しました 2016年8月の記事に2ヶ所を追記しました 2016年8月の記事に8ヶ所を追記しました。 netまでご連絡ください。 ちなみに、シーズンはゴールデンウィーク頃(4月下旬~5月上旬)になります。 行ってみたい…!! また、7世紀前後につくられたとされる「早田古墳群」、江戸時代の鹿の狩猟場のなごりの「鹿垣」や、万葉集に島で詠んだと思われる歌が残され、奈良時代には国を守る「防人」が置かれるなど歴史もあります。 島の観光名所である「のこのしまアイランドパーク」は福岡の花の名所とされていて、春は菜の花、夏はひまわり、秋はコスモス、冬は水仙など、四季折々の花を楽しむことができます。 福岡市内から日帰りで遊びに行けるアクセスの良いスポットとして地元民からも人気なようです。 夏は海水浴場やキャンプ場もあるので家族連れや友達同士など大人数で行くと楽しそうです。 洞内はふたつの経路に分かれており、新生洞と水中洞、合わせて約600メートルの道中には約30箇所もの見所が。 なかでも、水中洞の洞口は、別名・虹の滝と呼ばれており、水中洞から白川山へ流出する地下水がつくる滝のなかに虹が浮かび上がります。 稲積水中鍾乳洞の施設内には、鍾乳洞資料館の他にも、昭和を体感できるとして人気の昭和のタイムトリップ ロマン座やなつかし昭和オモチャ館、白ヘビを観察できる白蛇堂、開世美術館などがあります。 いずれも見ごたえのある施設となっているので、是非そちらにも足を運んでください。 5mのこの橋は、歩行者専用としては日本一の高さを誇り、真下を眺めたら足がすくんで歩けなくなりそうな高さの橋です。 すぐ目前に、「日本の滝百選」にも選ばれた、「震動の滝・雄滝」や「雌滝」を望み、足下に筑後川の源流域を流れる鳴子川渓谷の原生林が広がり、 四季折々に織りなす大自然の変化は訪れる人々を魅了してやみません。 また、遠くに三俣山や涌蓋山など雄大な「くじゅう連山」が横たわり、360度の大パノラマは、まさに「天空の散歩道」にふさわしい、文句なしの絶景です。 別府駅か博多駅からバスでのアクセスもできるので、車を持っていなくても比較的行きやすそうです。 温度は非常に高く、90度を超えることもあり、湖水はPH1以下の強酸性です。 湖水にはコロイド硫黄と鉄イオンが溶け込んでいるため、それぞれ太陽光のレイリー散乱と吸収によって美しいエメラルドグリーンになっています。 また、2016年熊本地震の影響により火口までの通行ができないため、ロープウェーも運休、火口見学はできない状況です。 ミヤマキリシマはツツジ科の常緑低木のことです。 九州特産で、阿蘇、久住、雲仙、霧島の諸火山の高所に自生し、阿蘇では火口丘郡の上部で、標高およそ800〜1500メートルに見ることができます。 ミヤマキリシマは高山の地形に這うように群生していますが、長年の風雪に耐え幹が1センチ成長するのに数十年単位の時間がかかるようです。 毎年ミヤマキリシマが咲き乱れる5月上旬から下旬にかけて仙酔峡つつじ祭りが行われています。 九州一円からの多くの観光客で賑わい、コンサートやスポーツ大会などのイベントも催されます。 世界の一度は行ってみたい絶景スポット100に選ばれています。 隣の「日本の水浴場88選」にも選ばれた「根獅子の浜海水浴場」と甲乙つけがたい美しさにもかかわらず人手の少ない穴場スポットです。 それほど観光地化されていないため、自然のままの岩場なども残されており、遠浅で透き通ったエメラルドグリーンの青い海と白い砂浜と共に、南国のビーチリゾートの風情が味わえます。 また、海岸は西に面しているのでサンセットは絶景。 夏だけでなく年間を通して美しい景色が見られます。 棚田はその土地の地形に合わせて造形されてきました。 「千枚田」、「段々畑」などとも呼ばれています。 福岡市から車で1時間とアクセスも良いです。 特にオススメの時期は4月下旬から1ヶ月ほどです。 水平線に沈んでいく夕日が海と棚田をオレンジ色に染めてくれます。 棚田は様々な表情を見せてくれ、多くのカメラマンを魅了していきます。 この絶景は、恋人の聖地として有名で、大好きな人と訪れてみてはいかがですか? 寄り添って美しい景色を見ていれば2人に言葉はいらないのではないでしょうか。 背後には武雄のシンボル、標高210メートルの御船山がそびえ立っています。 5万坪を誇る壮大な池泉回遊式庭園には春夏秋冬の様々な植物が植えられ、春は20本のつつじ、5000本の桜。 そして夏は樹齢170年の大藤、秋は素晴らしいカエデやモミジが御茶屋から池越しに眺められます。 バス停御船山楽 園前下車、徒歩1分 ・営業時間:8:00~17:00(時期によって異なります) ・定休日:無休 ・電話番号:0955-52-2199 ・料金:大人:400円 小学生以下200円(ハイシーズンは料金が異なります。 高さ80~100mの岸壁が、エメラルドグリーンの川の両側に約7kmも続く光景は圧巻。 夏は、「真名井の滝」と遊歩道がライトアップされ、さらに神秘的な姿になります。 避暑をかねて訪ねてみるのもよさそうです。 2キロの山道を歩かなければならないので、スニーカーは必須。 なかなかきつい山道ですが、急に道が開けて、ひんやりとした空気に包まれた空間が現われます。 その目の先の岩壁から滴る滝と澄み切った水の美しさは、歩き疲れた身体を癒してくれるようです。 山道は滑りやすくなっているので、よく晴れた日に訪れるのが良いでしょう。 鹿児島市内から、行きは一般道路で、帰りはフェリーを利用し、違った経路を辿るのがおすすめ。 黒潮の森マングローブパークでは、奄美大島のみに生息するリュウキュウアユやマングローブについて詳しい解説を聞くことができる他、マングローブ原生林のなかをカヌーで遊覧するという貴重な体験ができます。 また、夏に訪れるのであれば、昼は大浜海浜公園で遊び、夜は小浜キャンプ場に宿泊するのも良いでしょう。 自然に触れるだけではなく、本場大島紬泥染公園で郷土文化を学ぶこともおすすめです。

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