日本 シリーズ。 プロ野球 日程・結果

【日本シリーズ分析】なぜソフトバンクはあきれるほど強いのか、なぜ巨人は負けたのか

日本 シリーズ

概要 [ ] 監督が率いるオリックスと、監督率いる巨人の対決となった本シリーズはオリックスが4勝1敗で勝利し、球団としては初、前身の阪急ブレーブスからは19年ぶり4度目となる日本一を達成した。 「阪急 - 巨人」は1970年代に何度か対戦したが、こういった「因縁ムード」は特に見られなかった。 なお、事前の予想はほぼ五分五分だったという。 仰木監督は、監督としての日本シリーズではにで巨人に、ににいずれも敗れており、監督として「三度目の正直」で日本一となった (これが仰木の監督として唯一のシリーズ制覇となった)。 で初めて日本一の胴上げが行われた。 なお、約9年後のにオリックス・ブルーウェーブがと合併し「オリックス・バファローズ」となり、本球地では(京セラ大阪ドーム)を使うため、グリーンスタジアム神戸での日本シリーズの試合は2年間で終了をした。 その為、オリックスのグリーンスタジアム神戸で日本一を決めたのはこの年が唯一となった。 近畿地方のパ球団が、巨人との日本シリーズを本拠地で制するのは今回が初めてであった。 チーム打率はオリックスが. 221、対する巨人は. 201と低調な中で、オリックスの陣の万全の継投、の走者を還すことに徹した打撃などが結果を分けた。 オリックスはこの年を最後に日本シリーズ出場から遠ざかっており、にが25年ぶりに出場して以降、オリックスと合併して消滅したを含む13球団で唯一、21世紀になってから日本シリーズ出場を果たしていない(現在)。 またオリックスとして次のポストシーズンの試合の勝利は、18年後の2014年(球団名は)のクライマックスシリーズファーストステージ第2戦まで無かった。 (2008年はポストシーズンにて1勝も出来なかった。 ) 試合結果 [ ] 日付 試合 ビジター球団(先攻) スコア ホーム球団(後攻) 開催球場 10月19日(土) オリックス・ブルーウェーブ 4-3 読売ジャイアンツ 10月20日(日) オリックス・ブルーウェーブ 2-0 読売ジャイアンツ 10月21日(月) 移動日 10月22日(火) 読売ジャイアンツ 2- 5 オリックス・ブルーウェーブ 10月23日(水) 読売ジャイアンツ 5-1 オリックス・ブルーウェーブ 10月24日(木) 読売ジャイアンツ 2- 5 オリックス・ブルーウェーブ 優勝:オリックス・ブルーウェーブ(19年ぶり4回目) 第1戦 [ ] 10月19日 入場者45121人• は女優のが務めた。 1回裏、巨人はの日本シリーズ初打点となるタイムリーヒットで先制する。 オリックスも8回にのタイムリー安打で同点とし、斎藤に代わったからの2点タイムリー安打で3-1と逆転に成功。 巨人は9回裏、代打・がエースから同点本塁打を放った。 試合は延長戦に突入し、10回表にそれまで徹底マークされ4打席すべて内野ゴロに倒れていたがからソロ本塁打を放った。 10回裏、ダブルストッパーの一角が走者2人を出しながらも後続を断ち、オリックスが逃げ切った。 巨人は、9回裏に河野に打順がまわったときにそのまま打席に送り、10回表も続投となったがそれが裏目に出てしまう形となった。 守っては7回、無死二塁で打者落合という場面で小林宏がリリーフ、その小林が落合に四球を与え、巨人が先にに代打・を送り、対するオリックスもを送った。 結果、犠打を試みた後藤の打球が野村への小飛球となり二塁走者・松井は帰塁できず、巨人は最大の得点チャンスを逸してしまった。 9回裏、野村貴仁が松井を投直に打ち取り二死となったところで鈴木平が登板して、落合を内野ゴロに打ち取りゲームセット。 第1戦同様に小刻みな継投が功を奏し、前年とは逆にオリックスが2連勝した。 同時にオリックスにとって松井には野村貴仁、落合には鈴木平を当てる継投の方程式が確立した。 4回表、が好捕したのライナーを安打と判定されたことに抗議した仰木監督が一時的に自軍ナインをベンチ裏に引き上げさせる場面もあった。 このシーンは、仰木監督が監督時代のに巨人相手に3連勝の後の4連敗で日本一を逃した時にあった「流れが変わってしまう恐ろしさ」と関連付けられる。 再開後は伊藤、野村、鈴木の継投で巨人の反撃をシャットアウト。 シリーズ4度目の登板となった鈴木平が、シリーズ記録となる4を挙げた。 (日本野球機構ページ) 表彰選手 [ ]• 176ながらその3安打がいずれも2点タイムリーだった。 野手では史上最少安打数(当時)でのシリーズMVP。 (現在はの2安打が最少記録)• 敢闘選手賞:(巨)• 優秀選手賞:(オ)、(オ)、(オ) テレビ・ラジオ中継 [ ] テレビ中継 [ ]• 第1戦:10月19日• 実況: :、 ゲスト解説:()• 第2戦:10月20日()• (投票・開票日と重なり、となっていた。 第3戦:10月22日• ゲスト解説:(中日)、()• 第4戦:10月23日• 第5戦:10月24日• 第4戦(フジテレビ系)は33. 第5戦(TBS系)は36. ラジオ中継 [ ]• 第1戦:10月19日• 解説: ゲスト解説:(日本ハム)• () 解説:、 ゲスト解説:(ヤクルト)• () 解説:、 ゲスト解説:(西武)• () 実況: 解説: ゲスト解説:(ヤクルト)、(ヤクルト)• 解説:、• 第2戦:10月20日()• TBSラジオ(JRN) 解説:、 ゲスト解説:伊東勤• 文化放送(NRN) 解説:別所毅彦 ゲスト解説:広瀬哲朗、(西武)• ニッポン放送(NRN) 実況: 解説: ゲスト解説:高津臣吾• ラジオ日本 解説:、• (関西ローカル) 解説: ゲスト解説:辻発彦• (関西ローカル) 解説:、• 第3戦:10月22日• NHKラジオ第1 解説: ゲスト解説:()• TBSラジオ(関東ローカル) 解説:、牛島和彦 ゲスト解説:高津臣吾• 文化放送(関東ローカル) 解説: ゲスト解説:辻発彦• ニッポン放送(関東ローカル) 実況: 解説: ゲスト解説:(を同年)• ラジオ日本 解説:山本浩二、• 毎日放送(JRN) 解説: ゲスト解説:(中日)• 朝日放送(NRN) 解説:、• (関西ローカル) 解説:• 第4戦:10月23日• NHKラジオ第1 解説:、• TBSラジオ(関東ローカル) 解説:田淵幸一、 ゲスト解説:工藤公康• 文化放送(関東ローカル) 解説:山崎裕之 ゲスト解説:広瀬哲朗、荒木大輔• ニッポン放送(関東ローカル) 実況:胡口和雄 解説:• ラジオ日本 解説:長池徳士、• 毎日放送(JRN) 解説:• 朝日放送(NRN) 解説:、小林繁• ラジオ大阪(関西ローカル) 解説: ゲスト解説:(近鉄)• 第5戦:10月24日• NHKラジオ第1 解説: ゲスト解説:工藤公康• TBSラジオ(関東ローカル) 解説:張本勲、 ゲスト解説:()• 文化放送(関東ローカル) 解説: ゲスト解説:(中日)• ニッポン放送(関東ローカル) 実況: 解説:• ラジオ日本 解説:、• 毎日放送(JRN) 解説: ゲスト解説:佐々木恭介• 朝日放送(NRN) 実況: 解説:、真弓明信• ラジオ大阪(関西ローカル) 解説: ゲスト解説:(近鉄) 脚注 [ ] [].

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1983年の日本シリーズ

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概要 [ ] 監督率いる西武ライオンズと監督率いる中日ドラゴンズの対決は、西武がへの本拠地移転後では初、西鉄時代を含めると24年ぶり4度目の日本一。 西武はから中8日、一方の中日はシリーズ開幕5日前の最終130試合目に優勝を決めており、勢いに乗っていると思われた。 西武は第1戦と第2戦に連勝するが、中日も第3戦から2連勝して2勝2敗として五分に戻す。 そして迎えた第5戦、両チーム無得点の三回表の中日の攻撃は2死二塁(走者は)という場面で打者のは一塁線を抜ける打球を放つが、これが一塁塁審のの足に当たり、二塁手のの前に転がる。 山崎はボールを拾うと三塁に投げ、三塁を回っていた田尾は戻れずにタッチアウトとなった。 「ルール上は審判は石ころと同じ」であるため、このプレイはルールに抵触しない。 これにより中日は先制機を逃して結果的に敗北したことから、「シリーズの流れを変えた『石ころ』」といわれた。 西武は全6試合を通じて守備に不安のあったとの両選手を同時に先発出場させた。 ペナントレースでは指名打者があり、どちらか一方が指名打者でもう一方が守備についていた。 ただ田淵については機を見て試合中盤でもに交代させる用兵を見せた。 大田は打棒が冴え渡り優秀選手賞を受賞し以後「シリーズ男」の異名をとるようになる。 投手陣では、先発の柱として第1戦と第4戦でを登板させ 、エースのを先発ではなくリリーフに回すという構想がうまく機能し、東尾はリリーフで好投してシリーズのMVPに輝いた。 また中継ぎでが好投したのも光った。 一方、中日はシーズン中の「野武士軍団」の活躍が影を潜めて敗れた。 中日はペナントレースで最後の130試合目までと優勝争いを繰り広げた末の優勝で勢いに乗っていると思われたが、第2戦にシーズン16勝を挙げたが先頭打者のの打球を足に当てて負傷するアクシデントに見舞われ、以後シリーズの先発ローテーションに苦しんだ。 またこの年に引退したはこの日本シリーズでの登板がなかった。 中日は第1戦で7-3で敗れ、第2戦も先発投手がいきなり負傷降板したため跡を継いだ投手が打ち込まれ2回表で0-6とあっさり大差が付いた。 そして中日の攻撃陣も反撃を見せられず0行進が続き、中日のふがいない戦いに激怒したファンが大騒ぎし、試合終了後に球場から引き上げる西武ナインやグラウンドをめがけて物を投げるという行為に及んだ。 このため、は中止になるなど球場は騒乱状態となった。 これを受けてコミッショナーは第3戦以降の警備を厳重に取る措置を取った。 さらに3回、からも3安打1死球で2点を追加、試合の主導権を握った。 中日も3回、の犠牲フライとの2ランで3点を返し、を攻略したが、4回から松沼博をリリーフしたの前にあとひと押しが足りず、追加点を奪えなかった。 8回、がダメ押しのソロ本塁打。 西武が先勝した。 しかし先頭打者・のライナーを左足首にあててわずか打者1人、6球で降板のアクシデント。 急きょがマウンドに登ったが、準備不足は明らかで、の送りバント、、田淵に連続四球で一死満塁。 ここで、大田の連打でいきなり4点を奪った。 2回にも3番手の堂上から石毛、山崎、スティーブの3連打と田淵の犠牲フライで2点を追加。 しかし広岡監督は、4回二死一・二塁代打という場面で先発のを交代。 代わったが後続をぴたりと抑えた。 西武が敵地2連勝で所沢に戻ることになった。 続く平野の打球は一塁線を襲ったが、一塁塁審・の右足に当たり左に大きくそれるハプニング。 二塁手山崎が拾って三塁へ。 三塁からホームにボールが渡り、ホームを突こうとした田尾はタッチアウトとなる不運があった(この事件についてはの項も参照)。 試合は5回、中日が大島の本塁打で先制したが、その裏すぐにスティーブのタイムリー二塁打で同点。 西武は、7回、宇野の悪送球というミスを逃さず、スティーブのタイムリー二塁打。 さらに途中から守備固めで田淵に代わって4番に入っていたの適時打で追加点、試合を決めた。 6回から登板した東尾は4回をわずか1安打に抑える好投。 西武が日本一に王手をかけた。 3回表、スティーブのタイムリー二塁打、大田の3ラン本塁打で西武が4点を挙げ、日本一を大きく引き寄せたかに見えたが、その裏先頭打者の田尾がセンターの頭上を越える三塁打。 2死後、谷沢のタイムリーヒットで中日が1点を返した。 続く中尾もヒットで出塁したところで西武は高橋から森にスイッチするがこれが裏目。 宇野もヒットを放ち満塁としたあと、7番で先発出場の大島が押し出し四球、続く上川のセカンド強襲ヒットで一気に追いつく。 なおも2死1、2塁のピンチで西武はシリーズ初登板となる新人のを投入、代打を遊ゴロに打ち取り同点止まり。 7回表、守備固めで田淵に代わり一塁に入っていた片平が好投を続けていた3番手・鈴木の速球をとらえ、バックスクリーンに叩き込むと、続くテリーも初球を打ちバックスクリーンへの2者連続アーチで2点を勝ち越し。 これで勢いづいた西武は8回に1点を追加すると9回にのスクイズで1点、さらに気落ちした小松からが左前タイムリーでもう1点を奪い、勝負を決めた。 西武は4回2死から小林、8回から東尾を投入、中日の反撃を絶った。 最後は東尾が大島を空振り三振に仕留めゲームセット。 西武が前身の西鉄時代から24年ぶり、本拠地移転後では初の日本一を決めた。 西武は同年前期リーグ戦1位からプレーオフで後期1位のを下して日本シリーズ出場を果たしたが、年間総合勝率は第2位(. 540。 年間総合1位は日本ハムの. 563)だったため、に優勝したに次いで7年ぶり、通算2回目の「リーグ年間勝率2位からの日本一」ともなった。 (日本野球機構ページ) 表彰選手 [ ]• 最高殊勲選手賞:(西)• 救援登板のみで同賞を受賞したのは日本選手権シリーズ史上初、かつに()が同賞を受賞するまでは唯一の記録であった。 敢闘賞:(中)• 優秀選手賞: 、(以上、西)、(中) テレビ・ラジオ中継 [ ] テレビ中継 [ ]• 第1戦:10月23日• 第2戦:10月24日• 第3戦:10月26日• 第4戦:10月27日• 解説: ゲスト解説:(阪急)• 第5戦:10月28日• 第6戦:10月30日• は開局以来初めて放映権を逃した。 昭和期で日本テレビ系が放映権獲得を逃したのはこの年との2例のみである。 平成期は30年の内日本テレビ系が放映権を獲得したのは18回、内3回は優勝決定により未開催で放送がなくなり、実際に放送されたのは半分の15回に減った。 日本テレビ系で放映権を獲得したのはセ・リーグでは・・の3球団、パ・リーグではとのみであったのも放映権が大幅減になった要因でもある。 この年、セ・リーグは中日と最終日まで優勝を争った巨人が優勝した場合は日本テレビが4試合、パ・リーグは西武とプレーオフを争った日本ハムが優勝した場合はテレビ朝日が3試合放送予定だったが、両チームが共に優勝できず両局が放映権を逃し、前年は放映権がなかったTBS系が4試合(うちCBC制作が2試合)、フジテレビ系が3試合(うち東海テレビ制作が2試合)放映権を獲得するという逆転劇となった。 ラジオ中継 [ ]• 第1戦:10月23日• 解説: ゲスト解説:山田久志• (・制作) 解説:、 ゲスト解説:斉藤明夫• ・ 解説:、• (・制作) 実況: 解説:、 ゲスト解説:江夏豊• 第2戦:10月24日• NHKラジオ第1 解説: ゲスト解説:山田久志• TBSラジオ(JRN・CBC制作) 解説:、• 文化放送(NRN・東海ラジオ制作) 実況: 解説:豊田泰光、森本潔• ニッポン放送・ラジオ大阪 実況: 解説: ゲスト解説:(ヤクルト)• ラジオ関西ほか• 第3戦:10月26日• NHKラジオ第1 解説: ゲスト解説:()• TBSラジオ(JRN) 解説:、張本勲• 文化放送・ラジオ大阪 解説:、• ニッポン放送(NRN) 実況: 解説: ゲスト解説:(ヤクルト)• ラジオ日本 実況:、• 第4戦:10月27日• NHKラジオ第1 解説: ゲスト解説:鈴木啓示• TBSラジオ(JRN) 解説:野村克也、張本勲• 文化放送(NRN) 解説:別所毅彦、中山俊丈 ゲスト解説:江夏豊• ニッポン放送・ラジオ大阪 実況: 解説:土井淳 ゲスト解説:(近鉄)• ラジオ日本 実況:、• 第5戦:10月28日• NHKラジオ第1 解説: ゲスト解説:山田久志• TBSラジオ(JRN) 解説: ゲスト解説:落合博満• 文化放送・ラジオ大阪 解説:別所毅彦、辻佳紀• ニッポン放送(NRN) 実況: 解説: ゲスト解説:梨田昌孝• ラジオ日本 実況:島碩弥、• 第6戦:10月30日• NHKラジオ第1 実況: 解説:川上哲治 ゲスト解説:山田久志• TBSラジオ(JRN・CBC制作) 解説:、野村克也 ゲスト解説:江夏豊• 文化放送(NRN・東海ラジオ制作) 実況:亀関開 解説:豊田泰光、中山俊丈• ニッポン放送・ラジオ大阪 実況: 解説:江本孟紀 ゲスト解説:平松政次• ラジオ関西ほか 関連項目 [ ]• 脚注 [ ]• より正確には、「一塁手を抜けた後に塁審に当たったため、インプレー」になる。 指名打者は1975年からパ・リーグ公式戦で使用されていたが、1984年までは日本シリーズではどちらの本拠地でも関係無く全試合で指名打者は採用されていなかった。 その後、1985年からは隔年使用となり、1985年は全試合で指名打者を使用し、1986年は全試合で指名打者は使用出来なかった。 1987年以降は現在と同じでパ・リーグ本拠地開催でのみ使用となった。 未開催だった第7戦にも登板予定だった。 nikkansports. com. 日刊スポーツ新聞社 2017年11月5日. 2018年3月16日閲覧。 外部リンク [ ]•

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1983年の日本シリーズ

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新型コロナウイルスの感染拡大を受け、開幕を延期したプロ野球が日本シリーズの中立地開催を検討していることが17日、分かった。 開幕が3月20日から早くても4月10日以降へ延期されたため、シリーズは当初の11月7日開始から同21日開始への繰り下げが決定的。 ただ、他競技やイベントなどで本拠地が使えない球団があり、12月の参稼報酬期間外へずれ込むことを避けるため、雨天中止のないドーム球場が中立地の候補に挙がっている。 日本シリーズは11月21日に始まり、29日に第7戦を行うことが決定的になっている。 その場合、まず問題なのが開催球場。 関係者によると本拠地球場以外の中立地での開催が検討されているという。 「寒さなど天候や、雨天中止の可能性なども考慮すると、ドーム球場が望ましいという声はある」と球界関係者。 日本シリーズが第8戦までもつれた場合は30日に充てられるが、雨天中止が挟まると参稼報酬期間外の12月にずれ込む恐れがある。 11月下旬という時期的に屋外でのナイターを危惧する意見もある。 組み直した日程を予定通りに消化するため、進出チームにかかわらず特定のドーム球場で開催するプランだ。 ヤクルトの神宮は明治神宮大会が11月20日から25日、ドーム球場では巨人の東京ドームは都市対抗が同22日から12月3日まで組まれ、絶望的な状況だ。 他のドーム球場も日程調整が必要となる。 中日のナゴヤドームとオリックスの京セラドームは男女5人組ユニット「AAA」の5大ドームツアーがシリーズ期間中、日本ハムの札幌ドームも21日にJ1札幌の横浜FC戦が予定されている。 ペイペイドーム、メットライフドームなどが候補に挙がるが、各球場との日程調整と、組み合わせ次第となってくる。 今年の日本シリーズは1、2、6、7戦がセ・リーグのホームゲームで、それぞれ別の同一球場で固定されることが望ましい。 ただ、ホームアドバンテージを考慮に入れると、一方の球団だけが本拠地で行うのは避けたい。 セ、パともに本拠でない球場ならば、全戦同じ球場で行うことも選択肢となりそうだ。 この日は12球団の営業担当者会議が行われ、4月10、14、17、21、24、28日の開幕候補日6パターンの日程案を協議。 いずれも東京五輪後の予備期間(8月9~13日)に新たに試合を入れ、ダブルヘッダーは入れなかった。 19日に政府の専門家会議が大規模イベントの自粛要請について見解を示す見通し。 これを受け23日にJリーグと合同の新型コロナウイルス対策連絡会議を行い、同日に12球団の代表者会議で開幕日を再協議する。 いつ開幕を迎えられるのか不透明なままだが、日本一の胴上げが本拠地のファンの前では行えない可能性もありそうだ。 《収容人数クリアできず、本拠以外開催は80年近鉄が最後》日本シリーズを本拠地以外で開催したのは、79、80年近鉄が最後となっている。 74年ロッテは県営宮城球場がシリーズ開催に必要な収容人数3万人以上を満たしていなかったため、シーズン中も主催実績のあった後楽園球場で開催。 78年ヤクルトは大学野球との日程重複で神宮が使えず、後楽園で行った。 また、79、80年の近鉄も74年ロッテ同様、収容人数の条件を日生球場がクリアしておらず、大阪球場で開催した。 ただし、過去に開催地を本拠とするチームのスーパーボウル進出はなく、「スーパーボウルの呪い」とも言われている。 サッカーの欧州チャンピオンズリーグは決勝のみ中立地開催。 既に23年まで4大会の決勝開催地が決まっている。 国内サッカーの天皇杯は、長く国立競技場が決勝の舞台となってきた。

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