たかの しょう 力士。 気になる優勝争い。令和2年大相撲三月場所(春場所)十二日目を終えての成績優秀力士まとめ|好きです!大相撲

力士・裏方さん紹介

たかの しょう 力士

み:私は市民文化会館(柏市中央体育館の隣)に合唱祭とかいろんな学校の行事で来ていて、それが今回ここで隆の勝関に会えるなんて、うれしいです。 隆:(照れ……) み:西原中ですよね? 私、松葉中なんです。 隆:あ、近いですね。 み:中学生の頃もわんぱく相撲やられてたんですか? 隆:はい。 み:今日のちびっこ相撲で稽古をつけてあげた子供たちの? 隆:そうですそうです。 彼らは後輩にあたりますね。 み:知ってる子もいたんですか? 隆:1人~2人は知ってますが、後は新しい子たちでした。 み:最後のほうの大きい子とかすごかったですね。 隆:はい。 人数も増えたみたいで。 み:そういう子たちと稽古できるのは感慨ひとしおですね。 隆:うれしいです。 み:そういえば、ツイッター拝見して、昨日の晩ご飯はビリーザキッドに行かれたそうで…。 隆:ああ、はい。 み:ステーキは? 隆:おいしかったです(にっこり)。 み:どれくらいお食べになったんですか? 隆:400gのステーキと、250gのハンバーグと、あとチョリソー、ライスを食べました。 み:やっぱりかなり召し上がられますね! 隆:これは、ふつうくらいです(笑)。 み:昔からご飯はたくさん食べるほう? 隆:いや、最初部屋に入ったころは1~2杯でもきつくて、でも3杯食べろって言われてて、無理だろ……って泣きながら食べてました。 み:私も相撲部にいるので、そういう選手をよく目にします。 大変だなって。 隆:体重増やさないと戦えないんで。 み:それも大事な稽古ですね。 私はビリーザキッド行ったことないんです。 隆:え、ホントですか? 西口にも東口にもあるのに。 み:あ、本当だ!両方にありますね。 柏にいらっしゃったときは、柏駅周辺に遊びに来たりしました? 隆:そうですね。 あとららぽーととか。 み:ららぽーと、家から5分で行けます! 隆:そうなんですね。 み:入門後は柏に帰ってこられることはあるんですか? 隆:滅多にないですね。 たまに友だちと会うときくらいです。 み:柏に帰ってきたな~って思う場所とかありますか? 隆:うーーーん。 柏駅東口のビックカメラとかある風景を見ると、柏だなって思いますね。 み:東口の遅いエスカレーターとか、柏って感じしません? 隆:そうそうそうそう!! めっちゃ遅いですよね。 み:東京の感覚だと絶対に乗りこなせませんよね! 隆:はい。 めっちゃ遅いです。 めっちゃ遅いです(何度も言う)。 でも、ほかに柏にしかないものってあんまりないんですよね。 み:確かに。。。 チェーン店の、 隆:柏店。 みたいなね(笑)。 み:ご両親は体が大きい方なんですか? 隆:いや。 背は高いですけど。 僕は小3で相撲クラブに入ってそれから太り始めたんです。 み:体が大きいから入ったわけではないんですね。 隆:では、ないですね。 誘われてやってみたら楽しかったんで、やってみようかなと思って。 み:柏場所のオフィシャルフェイスブックに小学生の頃のお写真が載ってましたけど、ぜんぜん変わりませんね。 隆:(笑) み:まゆ毛が太くなったくらいでしょうか。 隆:まゆ毛、揃えちゃだめなんです。 親方に言われてるんです。 み:部屋の方針!? 隆:いや、「これがお前のチャームポイントなんだから!」って言われて(笑)。 いじるなよって言われてます。 み:ご本人的にはちょっといじりたい感じなんですか? 隆:みんなからまゆ毛太いねって言われるんで…。 ちょっと…。 み:でも、いじっちゃだめなんですね。 隆:はい。 でも一回だけ剃ったことがあって。 顔が別人だと言われました。 み:え! 見てみたいです。 実は私も小さいころはまゆ毛つながってたんです。 隆:一緒ですね! み:でも、大切になさってください。 隆:はい。 つながらないようにだけは注意します。 平成6年11月14日生まれの戌年。 千葉県柏市出身で小学生の頃から地元の柏市相撲スポーツ少年団で相撲を始める。 平成22年春場所で初土俵、平成29年十一月場所で十両に昇進。 平成30年九月場所で新入幕。

次の

隆の勝は両親(父・母)と6人兄弟の大家族!愛称は「おにぎり」くん!プロフィールもご紹介!

たかの しょう 力士

【プロフィール】• 四股名:貴景勝 光信(たかけいしょう・みつのぶ)• 本 名:佐藤 貴信(さとう・たかのぶ)• 生年月日:平成8年8月5日(22才)• 出身地:兵庫県芦屋市• 身 長:175㎝• 体 重:170㎏• 所属部屋:千賀ノ浦部屋 (平成31年1月現在) 貴景勝のご実家は兵庫県芦屋市で、貴信少年が生まれたのも同じく芦屋です! 芦屋市といえば国内でも屈指の高級住宅街として有名なところですよね! 芦屋市には多くの著名人が住んでいます。 丸紅の創業者、ダイエーの創業者、三洋電機の元会長など経済界の大物も多いですし、作家の谷崎潤一郎さんや、ファッションデザイナーのコシノジュンコさん、歌舞伎役者の阪東妻三郎さんなどもお住まいの場所なんですよ。 でも、貴景勝が子供の頃、毎日自宅でお父さんと相撲の稽古をしてた頃の話しをしていた時に、「自宅の離れに20mくらいの廊下があって、そこでぶつかり稽古をしていたんですけど…」 と、さらっと言っていたのですが、ぶつかり稽古の出来る20mの廊下がある自宅って凄くないですか? 間違いなく大きなお宅ですよね! 余談ですが、横綱の稀勢の里は幼少の頃から茨城県に住んでいましたが、生まれたのは芦屋で、2人が生まれた病院は同じなんだとか。 笑 貴景勝は「嬉しいですね。 横綱と同じ病院で!」と話していました。 貴景勝の父親の職業や美人と噂の母親は どんな人?貴信少年の名前の由来がすごい! 貴景勝の お父さんは、 佐藤一哉さん(57才)で、お母さんは、 佐藤純子さん(51才)。 (平成30年11月現在) 貴景勝の貴信少年は、このお二人の長男として生まれました! 一人っ子なんですよ! 【本名:佐藤貴信(さとう・たかのぶ)名前の由来】• お父さんが大関・貴ノ花と横綱・貴乃花の大ファンだったことから 「貴」• 戦国武将のように強く立派な男になって欲しいという願いから、武田信玄・上杉謙信・織田信長の一字から 「信」 この2つの文字を合わせて 「貴信」と名付けられました! お父さんの一哉さんは、自営業をされているということで、貴景勝の話しでは、不動産業、カラオケ、最近では保育園の経営もされたりしているそうです。 バリバリの経営者さんです! 空手をされているので、ガッチリとした体格の方ですね! お母さんの純子さんは、専業主婦のようですね。 一度、貴景勝が初土俵の時(平成26年9月)に、国技館に応援に来ていた純子さんをお見かけしたことがあるのですが、 スラッとした背の高い細面の、とても品のある美人!という印象でしたよ! 最初のお写真は、まだ貴景勝が赤ちゃんの時の頃のものですが、約20年経っても、雰囲気は変わっていない感じでした! このご夫婦2ショットの写真は、平成28年3月場所で貴景勝が幕下優勝をした時のものですが、お母さんの純子さん、本当にすごく綺麗な方ですよね~! 女優の松坂慶子さんに似ているような感じがしますね! 貴景勝は、お父さん似ですよね! 子供の頃から父と一緒に稽古を頑張る息子を、食事や精神面のフォローをし続けたというお母さんの純子さん。 サポートをしながらも、頭からぶつかる競技である相撲の道に進むことは心配で、本当は最後まで反対していたそうですが、いざ入門した時には腹をくくったそうです。 スポンサードリンク 父と二人三脚、子供の頃から相撲漬け! 赤ちゃんの時の写真ですが、まん丸でホントに可愛いですね! でも雰囲気は今も変わっていないような気もします。 笑 子供の頃の貴信少年は、やんちゃでいつも動き回っている子だったそうですが、性格はとても素直で優しい子だったとお父さんが話しておられました。 お父さんの一哉さんは極真空手をやっていて、指導者でもありましたので、 貴信少年も、その極真空手の道場に5才の時から週に3回程通って熱心に稽古してたそうです。 向かうところ敵なしの強さだったのですが、小学3年の時に出場した、グランドチャンピオン大会の決勝で、完全に優勢だった試合を判定負けにされたという出来事があったそうなんです! このことをきっかけに、 お父さんは 「極真空手はやめよう!判定の無い格闘技をやろう!」と決め、選んだスポーツが相撲だったというのが、貴信少年の相撲との出会いでした! スポンサードリンク 貴信少年の運命を決めた貴乃花親方との出会い! 小学校3年の時に、打ち込むものを空手から相撲に変えた貴信少年には、相撲に関しては全くの素人だったお父さんが、四股の踏み方や稽古の仕方などを、独学で勉強し、毎日、貴信少年と猛練習をしていたそうなのです。 お父さんは、以前から横綱の貴乃花の大ファンだったこともあり、 貴信少年が小学4年生の時に、親子で夏休みに東京に出向き、貴乃花部屋キッズクラブの相撲教室に参加することにしたんですね! その時に、貴乃花親方が貴信少年に目を留め、直々に土俵で胸を出してくれて、何度もぶつからせてくれたのです。 その後、貴乃花親方から「四股を踏んでみろ!」と言われて、貴信少年は黙々と四股を踏み続けたんですね。 そうしたら、 親方がお父さんに、 「四股が素晴らしいし、気持ちも強い。 この子は絶対に強くなりますよ!」と声をかけたのだそうです。 その言葉に、親子共々大感激したそうです! 憧れの人からそんな言葉をかけられたら、それは嬉しかったでしょうね! 後に貴景勝はこの時の事を、 「その時、親方にすごく褒められて意識が変わった。 家へ帰ってから、練習や稽古を頑張って行こう!という原動力になった」と、話しています。 このことは、貴信少年がプロの道に進むなら貴乃花部屋に入ろう!ということを決めた、大きな出来事だったわけですね! 【子供時代から高校時代までの履歴】• 5才から小学3年まで極真空手。 私立仁川学院小学校、3年から関西奄美相撲クラブで相撲を始める。 5年でわんぱく準優勝。 小学生優勝大会3位。 6年で優勝大会3位。 報徳学園中学、3年で都道府県中学生大会3位。 全中優勝。 埼玉栄高校、1年で宇佐大会3位。 2年で金沢大会3位。 高校総体8強。 ジュニア体重別100㎏超級優勝。 十和田大会2位。 弘前大会優勝。 選抜大会3位。 3年で金沢大会優勝。 高校総体8強。 ジュニア体重別100㎏超級優勝。 世界ジュニア選手権無差別級優勝。 【追記】 貴乃花親方の相撲協会退職に伴い、貴乃花部屋は閉鎖となり、部屋に所属していた貴景勝を含む8人の力士は、千賀ノ浦部屋に移籍することになりました。

次の

貴景勝ってどんな力士?父や貴乃花親方との関係も解説!

たかの しょう 力士

スポンサードリンク 隆の勝の 出身 地 やプロフィールをご紹介! 出典:報知新聞 初土俵から8年半をかけ、 平成30年9月場所で新入幕を果たした隆の勝! 千葉県柏市の出身です。 均整の取れた体格とパワーあふれる押し相撲が魅力の新鋭です! 現在は相撲界に、高校、大学卒業後に入門して来る力士が多い中、今では珍しい 中学卒業で入門した叩き上げ力士です。 「舛ノ勝」の四股名でデビューし、入門から2年、17才で幕下に昇進するも、そこから約5年間33場所に渡り幕下と三段目で低迷していました。 辛抱の時期だったと思います。 平成28年4月に前の師匠(元関脇・舛田山)の定年に伴い、現在の千賀ノ浦親方(元小結・隆三杉)に代わり、平成29年1月に心機一転、四股名の文字を 「舛の勝」に改名しました。 師匠と共に、貴乃花部屋や阿武松部屋へ積極的に出稽古をするようになり、一気に力を付けていきました! 平成29年11月に念願の新十両に昇進し、四股名を 「隆の勝」に改名しました! スポンサードリンク 隆の勝は両親(父・母)と6人兄弟の大家族! 出典:千賀ノ浦部屋 (新十両昇進披露会で家族8人で) 隆の勝は両親と 6人の兄弟(兄・姉2人・妹・弟)の4番目の大家族の中で育ちました! 今では、6人兄弟というのは珍しいですよね! 何だか羨ましい感じがします。 出典:NHK お父さんは、 石井 俊哉(いしい・としや)さん、57才です。 公務員をされているそうですが、隆の勝が相撲界に入るきっかけは、お父さんの影響が大きかったそうなんです! 隆の勝が小学生の時に、相撲を始めるように勧めたのはお父さんだったそうで、稽古に行くのを嫌がる隆の勝にいつもハッパをかけ、すでに 小学生の頃から相撲界入りを勧めていたのだとか! 熱血パパだったんですね! お母さんは、 石井 雅代(いしい・まさよ)さん、57才です。 お母さんは、何と 整体師さんをされていて、隆の勝が入門してからも体の手入れをずっとしてくれていたのだとか。 今でも、テレビで隆の勝の相撲を見ていると、どこか体を痛めたのではないか?ということはすぐにわかるそうで、 場所中でもすぐに駆けつけて治療してくれるそうですよ! さすがプロ、頼もしいですね! 力士の中でもお母さんが整体師さんという人は、今まで会ったことが無いので、これ以上に心丈夫な援軍はいないですよね! ご兄弟は 一番上のお兄さんが、 貴大さんで、29才(平成元年生まれ)。 すでにご結婚されて独立されているそうです! 二番目のお姉さんは、 温子さん、28才(平成2年生まれ)です。 温子さんはスポーツジムのトレーナーをされているそうですから、隆の勝にアドバイスを送ってくれたりすることもあるのでしょうか? 三番目のお姉さんは、 里佳さん、25才(平成5年生まれ)です。 里佳さんは、 整体師をされているお母さんのお手伝いをされているそうですよ。 ご家族揃って、スポーツ関係や治療に携わっておられるのですから、隆の勝にとっては本当に心強いですね! 四番目が隆の勝(平成6年生まれ)ということで、下に2人妹と弟がいるんですね。 五番目となる、隆の勝のすぐ下は妹さんで、 花奈さん、19才(平成11年生まれ)です。 六番目の弟さんは、 大晴さん、16才(平成14年生まれ)ですから、まだ高校生でしょうね! ご兄弟は、 隆の勝以外は皆とてもスリムな体型なのですが、隆の勝だけは子供の頃から人一倍大きい子供だったそうですよ。 6人兄弟とはさぞかし賑やかだったと思いますが、兄弟たちからもいつも励ましの言葉をかけられているそうで、兄弟仲はとてもいいそうです! 両親は本場所は直接会場に行って隆の勝の相撲を見ることは、とても緊張してしまうのでなかなか出来ないらしく、もっぱらテレビ観戦にしているそうですよ。 スポンサードリンク 隆の勝の 子 供時代の相撲との出 会い ~相撲界入門へ! 隆の勝は生まれた時は、 3700グラムの大きな赤ちゃんでした! 元気な子供だったそうですが、性格はどちらかというと優しく、控えめなタイプだったとか。 相撲は父の勧めで小学1年の時に始めて、大会に出場していきなり準優勝だったのですが、決勝で負けた相手が女の子だったことが悔しくて、「また出てやろう!」と心の中では思っていたそうです。 でもその敗戦からか、しばらくは相撲を取るのを嫌がった時期があったそうなのですが、 小学3年の時から柏相撲少年団に入り、本格的に稽古をするようになりました。 小学6年の時には全国大会にも出場して、「憧れの両国国技館で相撲を取ったのが嬉しかった!」と話していましたよ。 柏市立西原中学校に進学後も相撲を続け、 3年の時に全国都道府県中学生大会団体戦で3位に、関東中学個人で8強にもなる活躍を見せました。 父に背中を押されていたこともあり、中学2年の頃には相撲界入りを決断していたそうで、 卒業後、 千賀ノ浦部屋に入門しました! 入門後、17才で幕下に昇進した時は、若手ホープとして注目を集めたのですが、そこから 約5年間幕下と三段目から抜けられない低迷期があり、色々と迷いもあったそうです。 そんな時も 父から 「腐らず稽古をしろ!自分の相撲を取れば大丈夫!」とメールをもらい、ずいぶんと励まされたそうですよ! やはりどんな時も見守ってくれているのは家族ですよね! 師匠が現在の千賀ノ浦親方に代わってから、 師弟で一緒に出稽古に行くようになり、貴乃花部屋の貴景勝や阿武松部屋の阿武咲など、自分より年下ですでに幕内で活躍していた力士との稽古にとても刺激を受け、 毎日ドロドロになるまで稽古を積むようになりました。 出稽古に行くようになってからスタミナも馬力も明らかに強くなり、やはり、 自分より番付が上の力士との稽古が関取昇進への大きなきっかけになったと思います! 出典:デイリースポーツ 猛稽古が実り、 平成29年11月に新十両昇進、十両5場所目となる平成30年7月には13勝2敗という成績で、貴ノ岩との十両優勝決定戦にも出場し、惜しくも敗れて優勝は逃しましたが、この好成績で翌 9月に念願の新入幕を決めたのでした! 今後の幕内での活躍が本当に楽しみです! スポンサードリンク 隆の勝の愛称は「おにぎり」くん!ニコニコ笑顔の癒し系力士! 出典:千賀ノ浦部屋 隆の勝は今や寝て起きるたびに強くなっていく!と言われるほどの若手有望株ですが、 土俵上での凛々しい表情一転、ファンの間ではこの ニコニコとした可愛らしい笑顔も人気 となっているのです! ファンからは 「おにぎり」くんという愛称で親しまれているのですが、その名付けの由来は、相撲中継の放送に解説の舞の海さんが来ていた時に隆の勝を見て、 「隆の勝は表情がすごく癒し系で、おにぎりみたいで可愛い!」 と言ったことがきっかけのようで、それがファンの間に広まっていったようです! 特におにぎりが好きだからという理由ではありませんでした。 笑 確かに 丸い可愛らしい ニコニコのお顔立ちで温かい雰囲気のする隆の勝ですから、日本人なら誰もが好きな「おにぎり」の愛称はピッタリかもしれませんね! 子供の頃はお腹が空くとすぐに泣いていて、特に「白いごはん」が大好きでいつもモグモグと食べていたそうなので、やはり「おにぎり」には昔から縁があったのでしょうね。 笑 ちなみに一番好きな食べ物は肉で、中でも生姜焼きが大好きだそうですよ! 出典:千賀ノ浦部屋(5枚すべて) 千賀ノ浦部屋さんの写真はいつも温かい雰囲気でとてもいいですよね! 部屋がアットホームな感じが伝わってきます! 土俵上での力強い相撲っぷりと、土俵を下りた時のニコニコ笑顔のギャップの魅力に、これからますますファンが増えそうですね!.

次の