文末 かしこ。 「かしこ」の意味とは|手紙での使い方や例文と男性が使わないわけ

「かしこまりました」の意味とは?類語の正しい使い分けも解説!

文末 かしこ

あなかしこ、あなかしこ (難波 教行 教学研究所助手) 蓮如上人が遺してくださった御文は二百五十通を超える。 そのうち、赤本といわれる真宗大谷派勤行集には、「末代無智」「聖人一流」「御正忌」「白骨」の四通が収録されている。 特にそれらの御文は通夜や法事等でたびたび拝読され、真宗門徒に親しまれている。 昨年、その赤本をもととした『はじめてのお勤め練習帳-正信偈』(東本願寺出版)が発刊された。 その編集に際し、教学研究所では四通の御文の現代語訳を考える機会を得た。 いくども拝聴してきた御文であったが、翻訳はとても難しかった。 それは、御文の言葉が難解であるからというよりも、上人の言葉を言い換えることで、御文が伝えている情景を、むしろ損ねてしまうと感じたからである。 二葉亭四迷は『余が翻訳の標準』のなかで、翻訳するときに原文の意味だけではなく、「文調」もしくは「詩想」を移すべきと述べているが、蓮如上人の美しく力強い言葉をそのように翻訳するのは、もとより不可能といってよいかもしれない。 翻訳しがたい言葉は多々あったが、なかでも文末の「あなかしこ、あなかしこ」は最たるものであった。 他の現代語訳では「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」としていたり、翻訳せずそのままにしていたりであった。 また、参照した英訳では「Respectfully(慎んで)」となっていた。 『角川古語大辞典』によれば、「あなかしこ」は「あな」という感動詞と、「かしこし」の語幹から成り、「ああ畏きことよ、ああ慎むべきことよ」という意味の語である。 蓮如上人の時代には、大別して二通りの用いられ方があり、第一には、命令や禁止など、聞き手に強制する内容を強調するための語として用いられ、第二には、手紙の文末の定型句として使われていた。 前者は「かならず」「きっと」「決して」と、後者は「敬具」「敬白」等と翻訳できる。 両者を合わせて考えれば、この言葉には、手紙の最後において、その内容を「かならず」「きっと」と、聞く者に念を押して伝えるという意味がある。 しかし、御文を拝聴すると、他者に伝えるということの前に、蓮如上人自身が最も親鸞聖人の教えを聞思しているように感じられないだろうか。 金龍静氏によれば、初期(寛正二年)の御文は、蓮如上人自らの信心を表白したものであり、公開・下付が予定されておらず、のちに広く門徒への公開を前提とする御文へと変わっていったといわれる(『蓮如』吉川弘文館)。 この信仰告白から公開へという展開を見ても、蓮如上人は、親鸞聖人の教えと出遇えたことをよろこんでいたからこそ、その教えを伝えていったといえるだろう。 御文の制作は、まさに蓮如上人における「自信教人信」のあゆみなのではないだろうか。 御文の文末に記されている「あなかしこ、あなかしこ」という言葉の中には、そのような意味が凝縮されていると受けとめ、このたびこの言葉を「よろこんで聖人のみ教えをいただき、謹んでお伝え申し上げます」と翻訳することにした。 (『ともしび』2016年1月号掲載) お問い合わせ先 〒600-8164 京都市下京区諏訪町通六条下る上柳町199 真宗大谷派教学研究所 TEL 075-371-8750 FAX 075-371-8723.

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ビジネスシーンでの「拝啓」と「敬具」の使い方と例文

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手紙は相手に気持ちや用件を伝える大切な手段であり、丁寧に書かれた手紙は真心が伝わり好印象に繋がり、人や仕事などをうまく結び付けてくれる重要アイテムです。 ビジネスにおいても、最近では電子メールでのやり取りするケースも増えてきましたが、手紙の書き方を覚えておけばメールでも参考にすることができます。 ここでは、まず基本の手紙の書き方をご紹介します。 前文 前文は、頭語、時候の挨拶、安否確認やお礼などの言葉からなる、手紙の導入部です。 頭語:頭語とは手紙を書く際に冒頭に用いられる言葉を指します。 なお頭語を用いるのは手紙を書く上で正式なマナーですが、文章が堅苦しくなるので、親しい相手に宛てた手紙の場合などには省略しても構いません。 また、お見舞い状の場合は前文は書いてはいけません。 例)「拝啓」「謹啓」など 時候の挨拶:頭語の後、季節感を述べます。 時候の挨拶は季節を表す言葉を用います。 例)1月:「初春の候」(主にビジネスで使用) 7月:「入道雲が空に映え、空の青さが夏の到来を告げています」 安否確認・感謝・お詫びの挨拶:相手の健康や安否を尋ねたり、日頃の感謝を述べます。 用件は簡潔に書くように心がけましょう。 起語:起こし言葉とも言い、「さて」や「このたびは」などで本文に繋げます。 例)「このたびは、素敵なお品を引っ越しのお祝いに頂きまして、誠にありがとうございました。 」など 本文:用件を述べ気持ちを伝える箇所で、目的に応じて具体的に記載します。 文中に自分や自分の身内が登場する場合は、各行の先頭には来ないよう注意し、その行の最後に来るように記載します。 反対に、相手の名前は行の終わりに書かないように注意します。 例)「早速部屋に飾らせていただいたところ大変華やかで、毎日明るい気持ちになれるようで、家族皆で喜んでおります。 おかげさまで新居での生活にも慣れ、ようやく落ち着いたところです。 近くにお越しの際には、ぜひお立ち寄りくださいませ」 末文 末文とは、結びの挨拶と結語からなる、手紙を締めくくる文です。 結びの挨拶:相手の健康を気遣ったり、相手の活躍などを祈る言葉、または変わらない厚誼などを願う文章などを記載します。 暑さはこれからが本番でございます。 どうぞご自愛くださいませ」など 結語:頭語とペアになっている言葉で結びます。 「敬具」などの結語の後ろには一文字分スペースを入れて記載します。 結語を書く場所は、本文の最後の行の一番下(横書きならば一番右側)に記載するか、本文の最後の行から改行し、一番下(横書きならば一番右側)に記載するようにします。 例)「敬具」「敬白」など 後付けは、日付、差出人、宛名からなる、「いつ」「誰が」「誰宛て」に書いたものかを記す箇所です。 日付:本文よりも二文字分下げ、漢字で記載します。 また、通常のビジネス文書でも使用しないのが一般的です。 縦書きならば行の一番下に、横書きならば行の一番右側に記載します。 また、妻が夫の名前で手紙を書く場合は、夫の名前の脇に小さく「内」と書きます。 縦書きの場合は夫の名の横に、横書きならば夫の名の下になります。 例)「田中一郎様」など 副文 副文は、主文で書き忘れた用件をつけ足したり、念を押して伝えたい事柄を記し、最後に目立たせるために記すための文です。 主文に補足したい場合など、「追伸」や「追って」などを用い、後付け後のスペースに本文より小さめの文字で添え文を書きます。 ただし、目上の人への手紙では失礼にあたるので、副文を記載するのは厳禁です。 また慶事の場合は「返し書き」、弔事の場合は「繰り返し」を意味するため、添え書きはしてはいけないので、注意しましょう。 拝啓とは 「拝啓」=「はいけい」と読み、手紙の一番初めに来る挨拶で、「(伏して)つつしんで申し上げます」と言う意味があります。 手紙の前文の頭語にあたる「拝啓」は、目上の人やビジネスの場面でよく使われる、相手に敬意を伝える表現です。 「拝啓」の漢字が持つ意味 「拝啓」の漢字にはそれぞれに意味があり、「拝=おじぎ・伏して」「啓=述べる・申し上げる」という意味があります。 そのため、「拝啓」は「謹んで申し上げます」という言葉になります。 例えば時代劇などで、主君に対して家臣が何かを伝える際に、正座後頭を伏せて「申し上げます」と言うようなシーンを見たことがないでしょうか。 「伏して」の同類後に「謹んで」という言葉があるように、「伏してお願い申し上げる」という意味を指すのが「拝啓」です。 時代劇でのあのシーンを思い出せば、「拝啓」の持つ意味が分かりやすいのではないでしょうか。 頭語と結語は「拝啓」「敬具」だけでなく、他にもいろいろな言葉があります。 ここでは、「拝啓」以外の言葉の意味や違いなどをご紹介します。 【一般的な手紙】頭語「拝啓」~結語「敬具」 「拝啓」に必ずセットになって用いられるのが「敬具」になります。 または「敬白(けいはく)」を用いることができます。 意味は、下記のとおりです。 拝啓:謹んで申し上げます。 敬具(敬白):謹んで申し上げました。 この頭語と結語は自分と距離があり、尊敬あるいは尊重したいと思う相手に用います。 たとえば、取引先の上役であり、普段直接やり取りをしていない相手であれば、「拝啓」~「敬具」または「敬白」を使います。 なお、社内文書や上司への報告書などに「拝啓」~「敬具」は必要ありません。 ただし、社内であっても、直属ではない普段付き合いのない他部署の上司に宛てた文書の場合、「拝啓」~「敬具」の使用は望ましいとも言えるでしょう。 また、ビジネスにおいても、早くその用件を伝えるために「前略」を用いて時候の挨拶などを省略しても失礼にはあたりません。 ただし、新たにお付き合いを始めるビジネスの相手や目上の人の場合は、マナー違反となるので注意しましょう。 なお、「前略」に対する結語は「草々(そうそう)」や「不一(ふいつ)」を用います。 挨拶である前文を省略する急ぎの手紙であることから、「草々」は簡略を詫びる意味があり、また「不一」は気持ちを十分に書きつくしていないという意を表しています。 女性が手紙の文末に使う結語が「かしこ」です。 「かしこ」は平安時代の古語「かしこし」から来ており、意味は「恐れ多い」や「かしこまり申し上げます」になります。 そのため、文末につけることで「これで文章は終わりです」「これにて失礼します」と表しています。 神社で神主が神事の際、「かしこみかしこみ申す」と言う言葉は、「恐れながら、以上の事を申し上げます」と言う意味であり、「かしこ」と同じ意味ともいわれています。 なお「かしこ」は女性のみが使う言葉で、目上の人へまた私用の手紙で使うことが一般的です。 そのため、ビジネスなどの公的な手紙に使うのは避けましょう。 また、「拝啓」で始まり「敬具」で結ぶ、という一般的な頭語と結語のように、「かしこ」にはセットで必ず使う頭語はなく、女性であればどの頭語にも使っても構わないのが「かしこ」です。 「拝啓」の手紙での使い方・書き方 では、実際に「拝啓」を使って手紙を書く場合の、「拝啓」の使い方や書き方についてご紹介します。 手紙の書き方のマナーでもご紹介しましたが、頭語は前文の書き始めに用いらます。 ところが、具体的に使うとなると、どの位置に書くべきかなど、気になる人もいるのではないでしょうか。 ここでは、「拝啓」と書くにあたってのルールについてご説明しましょう。 改行するのか 「拝啓」の位置は分の書き出し一番最初に書きますが、その後改行するかしないかで悩むのではないでしょうか。 結論から言うと、「拝啓」のあと改行してから時候の挨拶を書き始めてもよいですし、「拝啓」のあと改行をせずに1文字分開けてから時候の挨拶を書き始めても構いません。 これは縦書きでも横書きでも同様です。 また、「拝啓」などの頭語を書く際の書き出しは、1字下げずにそのまま書き始めます。 例) ・改行しない場合は、「拝啓」の後1文字分スペースを開けます。 いかがお過ごしですか。 ・改行する場合は、時候の挨拶の書き始めは1文字分スペースを開けてから書き始めます。 いかがお過ごしですか。 「記書き」の場合の書き方 また、ビジネス文書や案内文書でよく見られる形式で、宛先と差出人を記載した後、挨拶文の下に「記」と書かれ、日時や場所などの詳細を記載している文書を見たことはないでしょうか。 この場合、まずは通常どおり「拝啓」から書き始め、時候の挨拶と手紙を出した趣旨を述べ、「敬具」で手紙をいったん締めます。 「敬具」は文の終わりに、縦書きならば下寄せ、横書きならば改行してから右寄せで記載します。 「敬具」の後ろには必ず1文字分スペースを開けることを忘れずにしましょう。 「拝啓」~「敬具」で挨拶文を締めた後、改めて「ここから本題を記します」と言う意味である「記」を中央に記載します。 「記」の下に日付や内容など、案内の詳細を記載後、「以上」を右寄せで記して終了です。 記書きの案内書を作成する場合は、「拝啓」~「敬具」の挨拶文と、「記」~「以上」の案内文とセットで使うので、注意しましょう。 「拝啓」のあとは何を書くのか 前文の書き始めに「拝啓」と記した後は、時候の挨拶や先方の健康状態や安否を尋ねる文、また日頃の感謝を伝える文を記します。 なお、お悔やみの手紙の場合は、頭語や時候の挨拶は書かないようにしましょう。 その後、その手紙の用件や、気持ちを伝える本文を記載し、また今後の付き合いや支援をお願いする言葉を書き、結びの文章で締めます。 ときどき見かけるのが、「拝啓」の後にすぐに本題を書き始めてしまったり、砕けた文章で書かれている文書などがありますが、「拝啓」「敬具」の意味をしっかり把握したうえで、手紙の書き方のルールを守りましょう。 「拝啓」の例文 それでは、「拝啓」を使った手紙の書き出しの例文をご紹介します。 色々なシーンでの例文を紹介するので、参考にして下さい。 ビジネス相手 個人に宛てた手紙の場合は、「拝啓」などの頭語から書き始め、時候の挨拶、先方の健康などを気遣う言葉へと続きます。 (本文) 末筆ながら、ご自愛のほどお祈り申し上げます。 敬具 お世話になった人 大変お世話になった人への手紙の場合、個人宛の手紙同様、頭語~時候の挨拶~先方への安否を尋ねたり気遣いの言葉を書きます。 目上の人への手紙の場合は、丁寧な言葉で記すように心がけましょう。 (本文) 時節柄くれぐれもご自愛くださいませ。 敬具 手紙マナーは社会人の常識.

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「かしこ」の意味とは|手紙での使い方や例文と男性が使わないわけ

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あなかしこ、あなかしこ (難波 教行 教学研究所助手) 蓮如上人が遺してくださった御文は二百五十通を超える。 そのうち、赤本といわれる真宗大谷派勤行集には、「末代無智」「聖人一流」「御正忌」「白骨」の四通が収録されている。 特にそれらの御文は通夜や法事等でたびたび拝読され、真宗門徒に親しまれている。 昨年、その赤本をもととした『はじめてのお勤め練習帳-正信偈』(東本願寺出版)が発刊された。 その編集に際し、教学研究所では四通の御文の現代語訳を考える機会を得た。 いくども拝聴してきた御文であったが、翻訳はとても難しかった。 それは、御文の言葉が難解であるからというよりも、上人の言葉を言い換えることで、御文が伝えている情景を、むしろ損ねてしまうと感じたからである。 二葉亭四迷は『余が翻訳の標準』のなかで、翻訳するときに原文の意味だけではなく、「文調」もしくは「詩想」を移すべきと述べているが、蓮如上人の美しく力強い言葉をそのように翻訳するのは、もとより不可能といってよいかもしれない。 翻訳しがたい言葉は多々あったが、なかでも文末の「あなかしこ、あなかしこ」は最たるものであった。 他の現代語訳では「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」としていたり、翻訳せずそのままにしていたりであった。 また、参照した英訳では「Respectfully(慎んで)」となっていた。 『角川古語大辞典』によれば、「あなかしこ」は「あな」という感動詞と、「かしこし」の語幹から成り、「ああ畏きことよ、ああ慎むべきことよ」という意味の語である。 蓮如上人の時代には、大別して二通りの用いられ方があり、第一には、命令や禁止など、聞き手に強制する内容を強調するための語として用いられ、第二には、手紙の文末の定型句として使われていた。 前者は「かならず」「きっと」「決して」と、後者は「敬具」「敬白」等と翻訳できる。 両者を合わせて考えれば、この言葉には、手紙の最後において、その内容を「かならず」「きっと」と、聞く者に念を押して伝えるという意味がある。 しかし、御文を拝聴すると、他者に伝えるということの前に、蓮如上人自身が最も親鸞聖人の教えを聞思しているように感じられないだろうか。 金龍静氏によれば、初期(寛正二年)の御文は、蓮如上人自らの信心を表白したものであり、公開・下付が予定されておらず、のちに広く門徒への公開を前提とする御文へと変わっていったといわれる(『蓮如』吉川弘文館)。 この信仰告白から公開へという展開を見ても、蓮如上人は、親鸞聖人の教えと出遇えたことをよろこんでいたからこそ、その教えを伝えていったといえるだろう。 御文の制作は、まさに蓮如上人における「自信教人信」のあゆみなのではないだろうか。 御文の文末に記されている「あなかしこ、あなかしこ」という言葉の中には、そのような意味が凝縮されていると受けとめ、このたびこの言葉を「よろこんで聖人のみ教えをいただき、謹んでお伝え申し上げます」と翻訳することにした。 (『ともしび』2016年1月号掲載) お問い合わせ先 〒600-8164 京都市下京区諏訪町通六条下る上柳町199 真宗大谷派教学研究所 TEL 075-371-8750 FAX 075-371-8723.

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